上 下
89 / 355

6-14 京極と琢磨

しおりを挟む
ここは明日香の病室―

「おかしいな・・・。朱莉さん・・・電話に出ないなんて。」

翔は溜息をつきながら言った。

「あら?朱莉さん電話に出ないの?珍しいわね。いつもならすぐに電話に出るのに・・・。」

明日香は病室のベッドの上で雑誌をめくりながら翔を見た。

「うん・・・。確かに少し気になる。例え出られなくても普段ならすぐに折り返しかかって来るのに・・・。」

翔は鳴らないスマホを握りしめながら言う。

「何かあったのかしらね?一応琢磨に電話してみたら?」

明日香のアドバイスで翔は琢磨に電話を掛けてみる事にした。

3コール目で琢磨が電話に出た。

『もしもし・・・。どうしたんだ?夕方にはそっちへ行こうと思っていたんだが、何か急用か?』

「ああ・・急用って訳じゃないんだが・・・・さっき朱莉さんに電話を入れたんだが・・出ないんだよ。それに折り返しの連絡も無いし・・・。」

『朱莉さん・・・今日は映画の試写会に行くって言ってたから、それで出ないんじゃないのか?』

「ヘエ・・映画の試写会に・・誰と行くんだ?」

『おい・・・お前、喧嘩売ってるのか?』

受話器越しからイラついた琢磨の声が聞こえて来る。

「おい、急にどうしたんだよ?何か気に障る事お前に言ったか?」

『京極って男と行くんだってよ。』

ぶっきらぼうに言う琢磨の声が聞こえて来る。

「京極・・京極ってあの朱莉さんに犬を預けた・・・?」

『え?おい・・・翔。お前、京極って男・・・知ってるのか?』

「あ、ああ・・・。偶然外で会って・・・。それで紹介されたんだ。それで今回沖縄旅行へ行く時も偶然会って・・・・。」

『お前・・・まさか旅行へ行く事告げたのか?』

受話器越しから琢磨の怒りを抑えた声が聞こえて来る。

「ああ・・・つい・・・。」

『お前・・・この馬鹿ッ!何でもっと早くあの男と会った事を俺に言わないんだっ?!あの男はな・・・事あるごとに朱莉さんに接触してるんだよっ!ひょっとする俺達の事を探っている産業スパイだったらどうするんだよっ!』

受話器越しから琢磨が怒鳴りつけてきた。

「さ・・・・・産業スパイだって?」

そんなまさかと翔は思いたい。だが・・・確かにあの男は必要以上に朱莉の事を見守っていた気がする。何故なら自分達だって朱莉の母親が緊急搬送される姿に気が付かなかったのに、あの京極と言う男はそれに気が付いていたのだから・・・。

 しかし突然琢磨の方から謝罪してきた。

『いや・・・すまなかった。翔・・・俺が悪かったんだ。本当はあの京極って男は以前から朱莉さんに近づいていたんだ。だが・・・朱莉さんが契約書の件で・・浮気は駄目だと書かれていただろう?自分は京極に好意を抱いているわけではないからと言って・・勿論俺も朱莉さんに限ってそんな事は無いだろうと思って黙っていたんだ。
でもこんな事になるならお前に報告しておいた方が良かったな・・すまない、翔。』

琢磨は先ほどの勢いとは打って変わって苦し気に翔に謝罪してきた。

「いや、そうだったのか・・・。それなら今朱莉さんは京極と一緒にいるかもしれないんだな?それで・・俺との電話に出なかったのかも・・・。」

『ああ。ひょっとしたらそうなのかもしれない。俺の方からもう一度朱莉さんに電話を掛けてみる。悪い、翔。一度電話を切るぞ。』

琢磨は受話器を切ると、すぐに朱莉の個人用スマホに電話を掛けた。

(頼む!どうか出てくれっ!朱莉さんっ!)



 朱莉は俯いたままじっと身じろぎをしないでいた、その時。
今度は朱莉の個人用のスマホが着信を知らせた。朱莉はスマホをチラリと見て目を見開いた。

(九条さんっ!)

「朱莉さん・・・今度は違うスマホが鳴っていますが・・・?」

京極が朱莉に声を掛けてきた。

「あ、あの・・・電話・・・出てもよろしいでしょうか?」

朱莉は遠慮がちに京極に尋ねた。

「ええ、別に構いませんよ。どうぞ。」

朱莉がすみませんと言って電話に出る姿を京極は黙って見つめていた。
(朱莉さん・・・・さっきの電話には出ないのに・・その電話には出るのか・・?)

「もしもし・・・。」

『朱莉さんっ!今・・・誰かと一緒にいるのか?!』

受話器越しから琢磨の切羽詰まった声が聞こえてきた。

「あ、は・はい・・・。京極さんと一緒です・・・。」

朱莉は目の前に座っている京極の姿をチラリと見ながら言った。京極は朱莉が自分の名前を口に出したので、朱莉の事をじっと見つめた。

『そうか・・・やはり朱莉さん。京極と一緒にいたんだな?だからさっきは翔の電話に出なかったのか・・?』

「は、はい・・・。」

『分かった・・・。朱莉さん、電話・・・京極に代わってくれ。』

「え?い、一体何故・・・?」

朱莉は琢磨の突然の申し出に驚いた。

『何故って・・朱莉さん。今困った事になっているんじゃないのか?俺が朱莉さんに代わって話を聞くよ。京極に電話を渡してくれ。』

九条さん・・・・っ!

確かに朱莉は今ピンチの状態に陥っていた。だが、琢磨を巻き込むわけには・・。

『いいから、俺に任せろ。・・・・元はと言えば朱莉さんをこんな事に巻き込んだのは全て俺達の責任なんだから。』

受話器越しから琢磨の優しげな声が聞こえてくる。

「分かりました・・・。」

朱莉はスマホを京極に差し出すと言った。

「あの・・・電話の相手は九条さんからなのですが・・・京極さんとお話がしたいと言われているので・・代わって頂けますか?」

「僕と・・話しですか?」

「は、はい・・・。よろしいでしょうか?」

「ええ、僕は構いませんよ。ではお借りします。」

京極は朱莉からスマホを預かると耳に押し当てた。

「もしもし・・・。」

『京極さんですね?朱莉さんに・・・何の話をしようとしていたのですか?』

「何故貴方にお話ししなければならないのですか?」

『朱莉さんを苦しめているのじゃないかと思いましてね。』

「苦しめている?それを貴方が言えるのですか?」

京極は口角を上げて言う。

『どういう意味でしょうか?』

琢磨は苛立ちを抑えながら尋ねた。

「僕から言わせれば・・・朱莉さんを苦しめているのは貴方達のようにしか思えないのですけどね。いくら大企業グループの代表者だからと言って・・・個人の人権を踏みにじるのはどうかと思いますよ?」

「え・・?!」

朱莉は京極の言葉に目を見開いた。

『何ですって・・・?我々が・・朱莉さんの人権を踏みにじっていると言うんですか?何故・・そう思うのです?大体貴方は第三者の人間だ。これ以上余計な口を挟まず、朱莉さんに付きまとうのはもうやめて頂けますか?』

「踏みにじってるじゃないですか。朱莉さんがとても可愛がっていたペットを手放させるなんて。どう見ても強者が弱者に無理やり言いなりにさせているとしか思えませんよ?」

『それは・・・。』

琢磨が言いかけた時、朱莉が京極に叫んだ。

「もう・・・もうやめて下さいっ!」

「朱莉さん・・・。」

京極は今までにない朱莉の様子に驚いた。

「お願いです、京極さん・・・。どうか九条さんを責めないで下さい。九条さんは・・・本当に私に良くしてくれるんです。ですから・・どうかお願いです。お話なら私が聞きますから・・・。あの、電話私に代わって頂けますか・・?」

朱莉は苦し気に京極に言う。

「朱莉さん・・・・。分かりました。僕は・・貴女の苦しそうな顔を見たくはありませんから・・・。」

そして京極は朱莉に電話を替わった。

「もしもし・・・九条さん・・。」

『朱莉さん・・っ!ごめん・・・俺は余計な真似をしてしまったようだね・・・。』

受話器越しから悲し気な琢磨の声が聞こえてくる。

「いえ、お気持ちだけで十分です。・・・明日の沖縄の件・・よろしくお願いします。」

そして朱莉は電話を切った―。






しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

最高ランクの御曹司との甘い生活にすっかりハマってます

けいこ
恋愛
ホテルマンとして、大好きなあなたと毎日一緒に仕事が出来ることに幸せを感じていた。 あなたは、グレースホテル東京の総支配人。 今や、世界中に点在する最高級ホテルの創始者の孫。 つまりは、最高ランクの御曹司。 おまけに、容姿端麗、頭脳明晰。 総支配人と、同じホテルで働く地味で大人しめのコンシェルジュの私とは、明らかに身分違い。 私は、ただ、あなたを遠くから見つめているだけで良かったのに… それなのに、突然、あなたから頼まれた偽装結婚の相手役。 こんな私に、どうしてそんなことを? 『なぜ普通以下なんて自分をさげすむんだ。一花は…そんなに可愛いのに…』 そう言って、私を抱きしめるのはなぜ? 告白されたわけじゃないのに、気がづけば一緒に住むことになって… 仕事では見ることが出来ない、私だけに向けられるその笑顔と優しさ、そして、あなたの甘い囁きに、毎日胸がキュンキュンしてしまう。 親友からのキツイ言葉に深く傷ついたり、ホテルに長期滞在しているお客様や、同僚からのアプローチにも翻弄されて… 私、一体、この先どうなっていくのかな?

君が目覚めるまでは側にいさせて

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
大切な存在を失った千尋の前に突然現れた不思議な若者との同居生活。 <彼>は以前から千尋をよく知っている素振りを見せるも、自分には全く心当たりが無い。 子供のように無邪気で純粋な好意を寄せてくる<彼>をいつしか千尋も意識するようになり・・・。 やがて徐々に明かされていく<彼>の秘密。 千尋と<彼>の切ないラブストーリー

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

工場夜景

藤谷 郁
恋愛
結婚相談所で出会った彼は、港の製鉄所で働く年下の青年。年齢も年収も関係なく、顔立ちだけで選んだ相手だった――仕事一筋の堅物女、松平未樹。彼女は32歳の冬、初めての恋を経験する。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...