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5-12 お迎え

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 土曜日―

今日は朱莉の母が入院してからの初めての外泊日であり、更に翔が朱莉の自宅へやって来る最初の日でもある。
朱莉は興奮のあまり、今朝は5時に目が覚めてしまったくらいである。
そこで朱莉は再び部屋中を綺麗に掃除を始め・・・気付けば朝の8時になっていた。

「あ、もうこんな時間だったんだ!」

朱莉はお湯を沸かし、トーストとサラダ、コーヒーで朝食を手早く取ると出掛ける準備を始めた。

「それじゃ、出掛けて来るね。フフ・・・次に帰って来る時はお客さんが2人いるからね?驚かないでね?」

サークルの中に入っているウサギのネイビーの背中を撫でて声を掛けた。
そしてコートを羽織り、ショルダーバックを肩から下げるとはやる気持ちを押さえながら母の入院している病院へと向かおう億ションを出て・・・朱莉は足を止めた。

「え・・?」

億ションの前には車が止められており、そこには見知った人物が立っていたからである。

ま、まさか・・・?

「く・・・九条さん?い、一体何故ここに・・?」

すると、琢磨は笑顔で答えた。

「お早う、朱莉さん。今日はお母さんの外泊日だろう?だから迎えに来たよ。って言うか・・・翔から頼まれてね。朱莉さんを病院まで送って、朱莉さんのお母さんを連れ帰ってきてくれないかって。」

「え・・・?翔さんが・・・?」

朱莉が頬を染めて嬉しそうに微笑む姿を琢磨は複雑な表情で眺めた。
しかし、事実は違った。



 それは昨日の出来事―

「明日は朱莉さんのお母さんが外泊をする日だろう?どうするんだ?」

琢磨がキッチンカーで購入して来たタコライスを口にしながら尋ねた。

「うん?明日は朱莉さんがお母さんを病院から自宅へ連れて帰る事になっているぞ?多分タクシーで帰って来るんじゃないかな?」

翔はロコモコ丼を美味しそうに口に運んだ。

「何?翔・・・お前。もしかして一緒に病院へ迎えに行かないつもりなのか?」

琢磨は鋭い目つきで翔を見た。

「ああ・・・。そうだが?」

「おい!何故一緒に朱莉さんと病院へ向かわないんだ?書面上とはいえ・・・お前と朱莉さんは夫婦なんだから、普通は一緒に迎えに行くだろう?しかも朱莉さんのお母さんは病人なんだから、車で迎えに行くべきだと思わないのか?」

怒気を含んだ琢磨の物言いに翔は戸惑いながら言った。

「お、おい・・・琢磨。どうしたんだ・・?何もそれ程怒る事か?それに無理を言わないでくれよ・・・。今夜朱莉さんの部屋へ泊る事を明日香に説得するのにどれだけ大変だったか・・・やっと昨夜納得してくれたばかりなんだ。その上・・・朱莉さんのお母さんを病院まで迎えに行くなんて言ったら明日香は・・・。」

翔は目を伏せながら言った。

「だからと言って、お前の事情は朱莉さんのお母さんには全く関係ない話だろう?」

琢磨の言葉に翔は少しの沈黙の後、言った。

「なら・・・琢磨。お前が・・・俺の代わりに・・朱莉さんに付き添ってやって貰えないか・・?」

「何だって?」

「い、いや!すまん。今の話は忘れてくれ。・・分かった・・。何とか今夜明日香の説得を・・・。」

しかし琢磨が言った。

「別に俺が迎えに行ってもいいぞ?」

「え?」

翔は驚いて琢磨を見た。

「何をそんな顔をして俺を見るんだ?大体、今お前から言い出した話だろう?いいだろう。俺が明日朱莉さん宅まで迎えに行くよ。」

「琢磨・・・お前、本気で言ってるのか・・・?」

翔は信じられないと言う顔つきで琢磨を見た。

「ああ、俺もお前の第一秘書と言う立場の人間だから・・・朱莉さんのお母さんに挨拶の一つくらいはするべきかもしれないしな。ただし・・・俺が明日の朝朱莉さん宅へ迎えに行く事は絶対に言うなよ?きっとその事を知れば遠慮して断るかもしれないから・・明日、何時に朱莉さんは部屋を出るのか確認を取って教えてくれよ。」

琢磨はそれだけ言うと、再び食事を始めた。


あの時・・・・翔の奴、呆然とした顔で俺を見ていたな・・・。
確かに自分でも最近どうかしていると思っているが・・・。
琢磨は昨日の出来事を回想していた。


「あの・・九条さん?本当に・・車を出して頂いて宜しいのでしょうか・・?」

朱莉の躊躇いがちな言葉に琢磨は我に帰った。

「勿論だよ。俺は翔の秘書だからな。朱莉さんのお母さんに挨拶するのは当然だと思っているし、翔が病院まで迎えに行けないのなら、俺が行くのは当たり前だと思ってるよ。」

自分でもかなり滅茶苦茶な事を言ってるとは思ったが、琢磨は少しでも朱莉の役に立ちたいと思っていた。

「そこまで仰って頂けるなんて・・・光栄です。それに・・翔さんにも・・感謝しないといけませんね。」

朱莉が笑みを浮かべながら、翔の名を口にした事に琢磨の胸は少しだけ痛んだ。

「それじゃ、行こうか?朱莉さんも乗って。」

琢磨は朱莉を車に乗るように促した。

「お邪魔します。」

朱莉が助手席に乗り込むと、琢磨も運転席に座りシートベルトを締めると言った。

「よし、行こう。」

そして琢磨はアクセルを踏んだ―。


「九条さんはお休みの日はもしかしてドライブとか出掛けたりするんですか?」

朱莉が尋ねて来た。

「うん?ドライブ・・・。そうだな~月1、2回は行くかな?友人を誘う時もあるし、1人で出かける時もあるし・・・。」

「そうなんですか。やはりお忙しいからドライブもなかなか出来ないって事ですか?」

「いや。そうじゃないよ。俺は休みの日はあまり外出をする事が無いだけだよ。大体家で過ごしているかな。好きな映画を観たり・・・本を読んだり・・・。月に何度も出張があったりするから・・・家にいるのが好きなのかもな。」

「そうですか・・・。私は普段から自宅に居る事が多いから・・お休みの日は出来るだけ外出したいと思っているんです。だから・・・実は今度翔さんに教習所に通わせて貰おうかと思っているんです。それで・・・免許が取れたら車を買いたいなって・・・。あ、も・勿論車は翔さんから振り込んでいただいたお金で買うつもりですけど。」

慌てて言う朱莉に琢磨は言った。

「朱莉さん・・・何を言ってるんだ?車だって翔のお金で買えばいいじゃ無いか・・・。何度も言うが、朱莉さんは書類上はれっきとした翔の妻なんだから。もし車を買いたいって事が言いにくいなら・・・俺から翔に伝えてあげるよ。」

琢磨はハンドルを握りながら言った。

「それに・・・外出をするのが好きなら・・・俺でよければ・・・。」

そこまで言うと琢磨は言葉を飲み込んだ。

「え?九条さん・・・今何か言いかけましたか?」

「い、いや。何でもないよ。ほら、朱莉さん。病院が見えてきたよ。」

琢磨はわざと明るい声で言う。

「本当だ・・・やっぱり車だと早いですね。・・・私も早く教習所に通って運転できるようにならなくちゃ・・・。」

琢磨はそんな朱莉の横顔を寂しげに見つめるのだった—。



 その頃、翔は明日香と部屋に居た。

明日香は朝から不機嫌でまだベッドから出てこない。

「すまない、明日香。本当に・・2日間だけ我慢してくれ。そうしたら・・来週はそうだ!一緒にディズニーランドへ行かないか?勿論ホテルも予約して・・・。新しいアトラクションが出来たって言うし・・・明日香、お前・・・行きたがっていたじゃ無いか?」

翔は懇願するように明日香に言った。
するとようやく明日香は布団から顔を出した。

「本当に?本当に・・・来週連れて行ってくれるの?」

「ああ、勿論だよ。明日香。」

翔は明日香の髪を撫でながら言う。

「翔・・・愛してる。」

明日香は翔の顔をじっと見つめながら言った。

「ああ。俺も・・・愛してるよ。」

「ねえ・・キスして?」

翔は頷くと、明日香にキスをして抱きしめた—。
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