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2-1 邪魔者にはなりたくないので

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 早いもので、翔の祖父である猛との初顔合わせから3ヶ月が過ぎようとしていた。
あの後、猛から結婚式はどうするのだと散々言われたのだが、2人の結婚は偽装結婚。式など挙げられるはずが無い。何とか猛を説得し、ようやく書類だけの結婚を認めさせる事が出来たのだが、式を挙げない理由として朱莉が大仰な事はしたくない、結婚式等不要だと強く希望した為にして欲しいと頼んできたのは他でも無い、翔からだったのである。恐らく2人揃って式を挙げる気は無いと希望しては、いずれ朱莉と離婚して明日香と結婚した場合、式を挙げにくいと翔が判断したのではないかと朱莉は考えた。
おまけに明日香の手前、結婚式など到底挙げられるはずもなかった。
だから、朱莉は甘んじてその話しを受け入れた。所詮、自分は偽装妻であり、書類上だけの夫婦なのだから。

 猛は酷く残念そうな様子では合ったが、 結婚は書類だけ提出すればよいだけなのだから、無駄な事はしなくても良いですと朱莉が言った事により、その考えに猛は賛同したのである。


 
 そして季節は流れ、8月になった―。

朱莉はエアコンの効いた部屋で、パソコンに向かって通信制高校のレポートの課題に取り組んでいた。

 すると、突然朱莉のスマホに着信を知らせる音楽が鳴り響いた。
翔さんからかな?
スマホをタップすると、やはり相手は翔だった。
猛との面会後、3カ月が経過するが朱莉と翔はまだ1度も会ってはいなかった。
ただ、メッセージの交換だけは1週間に1度、週末の金曜日だけ交換していた。
内容は主に朱莉の勉強の進捗状況や、お互いの最近身近にあった報告・・・そんな単純なメッセージのやり取りではあったが、それでも朱莉は翔とのメッセージのやり取りを楽しく感じていた。
 この億ションに住み初めてからは、偽装結婚が周囲にバレないように、なるべく色々な人達と不要な接触はしないで欲しいと翔から最初に釘を刺されていた為、朱莉はなるべく誰とも連絡を取らず、唯一会話をする相手は毎日面会に行く母と、病院関係者のみであった。
なので人との会話に正直飢えていたので、週に一度のスマホでのメッセージのやり取りは朱莉にとっては幸せなひと時であった。

それにしても・・・。

「おかしいな?今日は金曜日じゃないのにメッセージが届くなんて・・・・。」

朱莉の表情が曇る。ひょっとして・・・何かあったのだろうか?もしかして会長が
引退を決意したので離婚しようと言う内容なのだろうか・・・?
不安な気持ちを抱えながら、朱莉はスマホをタップした。

<こんにちは、朱莉さん。実は祖父から連絡があって、結婚式も挙げないのだから、2人で一緒にハネムーンへ行ってくるように命令されたんだ。旅行先も日程も祖父に勝手に決められてしまった。申し訳ないけれども今月の18日から25日まで予定を開けておいて貰えないかな?行先は『モルディブ』で、俺と朱莉さんと・・・明日香の3人で行く事にしないか?パスポートは持っていなかったよね?悪いけど数日以内に取得してくれるかな?本当に急な話ですまない。『モルディブ』に着いたら朱莉さんは自由に過ごしてもらって構わないから。それじゃよろしく。>

「・・・。」
朱莉は複雑な気持ちでメッセージを眺めていた。
<ハネムーン><命令><3人で><自由に過ごしてもらって構わない>
それらの単語だけが妙に朱莉の目に飛び込んできてしまう。

2人きりで旅行など行けるはずはないと思ってはいたものの、現地では自由行動と言われてしまえば、朱莉にはもうどうしようもない。一緒に色々な街並み散策してみたり、海に行ってみたいと思っても・・行く前からこのように言われてしまうとは・・・・。

「私・・・一緒に行く意味・・・あるのかな・・?何だか、これじゃ私・・・翔さんと明日香さんの邪魔者になるかもしれないし・・。」

モルディブ・・・・。美しいビーチ・・・。一度でもいいから行ってみたかったけれども・・・ついていかない方がいいだろう。
そう思った朱里はスマホを握りしめると、メッセージを打ち込み始めた・・・。



  時刻は30分ほど前に遡る―。

「はあ~・・・。」

翔はオフィスでPC画面を見ながら派手なため息をついている。

「何だ?どうしたんだ、翔。」

翔のオフィスで秘書としての仕事をしていた琢磨がため息を聞きつけて、声を掛けた。

「ああ・・・。これなんだが・・・。」

翔はPC画面を指さしながら二度目のため息をついた。

「へえ~どれどれ・・・。」

琢磨が近づいてきて、PC画面をのぞき込んだ。

「うん?モルディブ・・・?お前旅行にでも行くのか?」

「いや、違う。さっき祖父からのメールで、今月の18日から25日までモルディブにハネムーンへ行ってくるように言われたんだ・・・。全く・・・・。」

翔は頭を掻き毟ると、椅子の背もたれによりかかり、天井を向いて3度目のため息をついた。

「へえ~いつも余分な出費を嫌う会長なのに・・・お前と朱莉さんが挙式しなかったから、気を利かせてくれたんだな。いいじゃないか、行って来いよ。」

琢磨は何所か楽しげに言った。

「しかし・・・。」

翔が言いよどむと琢磨は言った。

「何だ、お前?もしかして会社の事気にしてるのか?・・・いいか?今はパソコンさえあれば世界中どこにいても仕事は出来るんだから、いいじゃないか?あ、でもだからと言って、旅先で無理に仕事しろって言ってるわけじゃないぞ?ハネムーン中は仕事の事は忘れて、朱莉さんと楽しんで来いよ。」

琢磨はこう考えていた。
いくら偽装結婚とはいえ、3カ月前に会ったきりで、メッセージは週に一度。これではあまりにも朱莉に冷たすぎるのでは無いだろうかと常日頃から思っていたのだ。
この旅行で二人の仲が近づけばいいのだが・・。

「しかしなあ・・・。」

翔はまだ考え込んでいたが、琢磨が言った。

「いいから、早く朱莉さんにメッセージを送れよ!」

琢磨に急かされて、渋々翔は朱莉にメッセージを送った―。



そして朱里からメッセージが届いた。
それを目にした途端、翔は目を疑い・・・次に声を荒げた。

「ったく!なんでなんだよっ!」

「おい、どうしたんだ?翔。」

琢磨は珍しく翔が声を荒げたので、驚いた。

「どうしたもこうしたも・・・。彼女・・・断って来たんだよ。」

「え?何だって?」

「だから、朱莉さんがハネムーンに行くのを断ってきたんだよ!ほら!見てみろよ!」

仏頂面で翔は琢磨に自分のスマホを渡した。

「うん?俺が見てもいいのか?」

「ああ。」

琢磨は翔のスマホに目を落とした。

『こんにちは、申し訳ございません。折角のお誘いですが、今回の件はお断りいたします。明日香さんにもよろしくお伝えください。旅行はどうぞお二人で楽しんできてください。』

「・・・おい、翔。これ・・・どういう事だよ・・・。」

琢磨は声を震わせながら翔に話しかけた。

「うん?何だよ。」

「どうして朱莉さんのメッセージに明日香ちゃんの事が書かれているんだよ?」

「ああ、それは俺が朱莉さんに送ったメッセージに明日香の事を書いたからじゃないか?」

翔の言葉に琢磨はピクリと反応した。

「何だって?おい・・・。翔。おまえ・・・一体どんな内容のメッセージを送ったんだよ?俺に見せろ。」

怒気を含んだ琢磨の声に翔はただ事ではない雰囲気を感じた。

「あ、ああ・・・分かったよ・・・。」

翔は自分が送ったメッセージを表示させ、琢磨に見せた。
琢磨は食い入るように見つめていたが・・・見る見るうちに顔色が変わっていく。

「お、おい・・・。翔。おまえ・・・本当にこのメッセージを朱莉さんに送ったのか?」

「ああ。そうだけど・・・。」

「お・・・お前なあ!何て酷い男なんだよっ!ハネムーンを命令だとか、しかも明日香ちゃんと3人で行くって?挙句の果てに・・・現地に着いたら自由行動を取っていいなんて・・・。これじゃ誰だって行きたくなくなるだろう?おまえ・・・ひょっとして朱莉さんに嫌がらせする為にこんなメッセージを送ったのか?!」

「何言ってるんだっ!そんなはずないだろう?!だけど、考えて見ろよ。俺と朱莉さんの二人だけでモルディブなんて行けるはず無いだろう?!明日香がいるっていうのに!」

「ああ、そうかよ!だけどな・・・こんな内容のメッセージを送るくらいなら、いっそ朱莉さんに内緒で明日香ちゃんと2人だけで行って来れば良かっただろう?!」

琢磨は興奮のあまり、いつの間にか翔の襟首を掴んでいた。

「や、やめろ、琢磨・・・。」

翔の苦し気な言葉に琢磨はハッとなって慌てて手を離した。

「・・・悪かった。つい・・興奮して・・・。」

「い、いや・・・・。考えてみれば・・・琢磨。お前は高校時代から優しい男だったよな・・・。相手の気持ちになって考える事が出来て・・・。俺は昔から人の心の機微に疎くて・・。朱莉さんも気の毒だよな。偽装結婚の相手が俺みたいな冷たい男で。・・・いっそお前のような男だったら・・・。いや、何でもない。悪かったな・・・変な事言って。」

そして翔は目を伏せた。

「翔・・・。」

「仕方ない・・・。もう一度朱莉さんにメッセージを送ってみるよ。」

そして今度は琢磨と2人で内容を決めて朱莉にメッセージを送ったのだが、やはり朱莉からOKの返事は貰えなかった。
理由は病弱な母から1週間以上離れるのは心配だからと言う内容だった。


「どう思う、この内容。」

翔は琢磨を振り返ると言った。

「うん・・・・。翔・・。」

琢磨は翔を見た。

「もう、今回のハネムーンの件は諦めろ。朱莉さん・・・お前と明日香ちゃんの邪魔者になりたくないんだよ。・・・そっとしておいてやれ。会長の手前・・・行かないとまずいだろうから・・2人で行って来いよ。」

そして琢磨は深いため息をつくのだった―。
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