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6-22 すれ違う気持ち

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 夕食が終わりに近づく頃。

「ジェニファー、今までの俺の非礼を何か形に残るもので詫びたい。欲しい物とか望みの品があるなら遠慮せずに言って欲しい。何かあるか?」

笑顔で尋ねてくるニコラス。

「何でも……ですか?」

「ああ、そうだ」

「……」

ジェニファーは口を閉ざす。

(ニコラス……本当にもう私を必要とは思ってくれないのね? 私の望みは一つしかないのに。ここに残ってジョナサンの傍にいたいの………2人の本当の家族になりたいだけなのに……)

けれど日時の指定はされていないものの、いずれニコラスからはここを出て行くように言われている。それなのに、ずっとテイラー侯爵家に置いて欲しいと言えるはずも無かった。

「どうしたんだ? ジェニファー」

ニコラスが声をかけてきた。

「い、いえ。何でもありません。そうですね……突然のことなので、今すぐには思い浮かびません。少し考えさせて頂けませんか?」

何もいらないと言っても、ニコラスは納得しないだろう。そこでジェニファーは当たりさわりの無い返事をした。
もし、今この場で言える願いがあるとするなら……。

「あの……ニコラス様。食事も済んだことですし……少し疲れたので部屋に戻ってもよろしいですか?」

「え? あ……そうか。気付かなくてすまなかった。部屋まで送ろう」

「いえ! 大丈夫です! 1人で戻れますから!」

ニコラスが立ち上がろうとするのを、ジェニファーは止めた。

「だ、大丈夫なのか?」

予想外の大きな声に思わずニコラスは戸惑う。

「はい、今夜は美味しいお食事をありがとうございました」

ジェニファーは会釈すると、自分で車椅子の向きを変えて車輪を回して閉ざされた扉の前まで進んだ時。

「扉なら俺が開けるよ」

ニコラスが立ち上がると、ジェニファーに声をかけた。

「……ありがとうございます」

前を向いたまま返事をするジェニファーを見て、ニコラスは思った。

(……後姿もジェニーにそっくりだ。だが、今まで彼女はずっと嘘を……いくら記憶があやふやだったとしても、違いに気付かなかったなんて……俺が本当に求めていた女性はジェニファーだったのに……)

ニコラスはジェニファーに近付き、金色の髪に触れたい気持ちを押し殺して、扉を開けた。

「本当に1人で大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です。失礼いたします」

ジェニファーは一度だけ振り返り、会釈するとダイニングルームを後にした。
泣きたい気持ちを必死に抑えて――


****

 
 一方、ダイニングルームに残されたニコラスは1人でワインを傾けながら先ほどのジェニファーの表情を思い出していた。

大きな緑の瞳は潤み、今にも涙が零れそうになっていたジェニファー。

「何故、あんなに泣きそうな顔をしていたんだ……? 俺はただ、ジェニファーを解放してあげたかっただけだったのに……」

ジェニーにとってジェニファーは、ただ利用する為だけの存在だったのだと気づいたニコラス。
今迄天使のように愛らしい素振りで、テイラー侯爵家の人々を魅了してきたジェニーだったが……それは偽りの姿だったのだ。

自分の願望を叶える為にジェニファーの存在を葬り、成り代わった。そして真実を告げることも無く、亡くなった。
しかも自分の産んだ子供の世話を、葬ったはずのジェニファーに託して。

ニコラスの中で、ジェニーに対する愛情が揺らぎ始めていた。
だから遺言を破り、ジェニファーを解放してあげなければと考えたのだ。

「なのに……あんな顔をするなんて……」

まさかジェニファーが今も自分に好意を抱き、家族になりたいと願っているなどニコラスは思いもしていない。

「ジェニファー……」

ワイングラスを見つめ、ポツリと呟いた時。

「ニコラス様……? お一人で何をされているのですか?」

突然ダイニングルームにシドの声が響き渡った。

「何だ……シドか」

「何だではありません。今夜はジェニファー様との夕食会でしたよね?」

シドが部屋に入って来た。

「ジェニファーなら、ついさっき少し疲れたと言って部屋に戻って行った」

「送らなかったのですか?」

「送ろうと思ったが、断られたんだ。1人で大丈夫だと言って」

「それでも送るべきだったのではありませんか? 使用人から聞いたのですが、車椅子だったそうではありませんか?」

シドが責めるような口調でニコラスに尋ねる。

「それくらい、分かっている。だが、言い出せなかったんだ。今にも泣きだしそうな顔をしていたから……」

するとシドの顔色が変わる。

「泣き出しそうだったって……どういうことなのです? ニコラス様! 一体ジェニファー様に何を言ったのですか!」

「え……? 何って……」

「答えて下さい!」

シドの態度に困惑しながらニコラスは答えた。

「テイラー侯爵家から解放すると言った……離婚をし、いつでも好きな時にここを出て行けばいいと。そうするべきだと思ったんだ……」

「な、何ですって……? そんなことを……言ったのですか?」

シドは一度唇を噛みしめると身を翻し、駆け足で部屋を出て行ってしまった。

「シド……お前、まさか……ジェニファーのことを……?」

ニコラスは呆然と呟くのだった――


****

 シドはジェニファーの部屋を目指して、廊下を走っていた。

(どうしてニコラス様は気付かないんだ!? ジェニファー様は今もニコラス様のことが好きなのに……!)

自分が何をしたいか、分からなかった。けれど、悲しみに暮れるジェニファーを1人にさせたくはない……その思いがシドの心を占めていたのだ。


**


「ジェニファー様……」

シドはジェニファーの部屋の前に辿り着くと、扉をノックした。

「ジェニファー様…‥いらっしゃいますか?」

『え? 誰……?』

扉の奥からくぐもった声が聞こえる。

「俺です、シドです」

『シド? ごめんなさい……今は1人にさせてくれる……?』

「そんなことを言わずに、どうかここを開けて下さい! お願いです! 開けてくれるまで俺はここを離れませんから!」

ドンドンとシドは扉を叩いた。

『分かったわ……』

小さく返事が聞こえ、カチャリと扉が開かれた。

「ジェニファー様……!」

シドはジェニファーを見つめ、息を飲んだ。

ジェニファーは泣いていた。
宝石のような美しい大きな緑色の瞳から大粒の涙が溢れていたのだ。

「シド……何か用かしら?」

手にしていたハンカチで涙を拭った次の瞬間。

シドの腕が伸びてきて、ジェニファーは強く抱きしめられていた――
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