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6-17 揉めるメイド
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この日を境にジェニファーの生活は一転した。
脱輪事故から2日後――
ジェニファーの寝室では誰がお茶を煎れるかということで、ポリーとココが言い争いをしていた。
「ジェニファー様のお世話をするのは私です。テイラー侯爵家から専属メイドを任されて、こちらのお城に一緒に来たのですから」
「私はこの城で働いているメイドよ。私の方が良く分かっているわ。ジェニファー様のお世話なら私に任せなさいよ」
「私は旦那様に直接、ジェニファー様のお世話を頼まれたんですよ!?」
「ニコラス様は、全ての使用人にジェニファー様のお世話をするように話していたと今朝の朝礼で執事長が言ってたでしょう!」
睨みあうポリーとココ。
「あ、あの……2人とも。落ち着いてくれるかしら?」
テーブルの前に座ってポリーとココの言い争いを見つめていたジェニファーが見かねて声をかけた。すると同時に振り向く2人。
「「落ち着いていますよ??」」
「ジェニファー様、私が直に旦那様にお世話を言い使ったのだとココさんに言って下さい」
「いいえ、ポリーさんよりも、この城で働いている私の方がお世話に向いています。そうは思いませんか? ジェニファー様」
「え? そ、それは……」
2人に同時に迫られて、戸惑うジェニファー。
その時。
「どうぞ、ジェニファー様」
淹れたての紅茶がジェニファーの前に置かれた。
「え?」
驚いて見上げると、銀のトレーを手にしたシドがじっと見つめている。
「あ、ありがとう。シド」
シドが紅茶を煎れてくれたことに戸惑いながらもジェニファーは礼を述べると、彼は口元に笑みを浮かべた。
「いいえ、どうぞお飲み下さい」
「あ! シドさんっ!」
「いつの間に!?」
突然現れたシドに、ポリーとココが同時に声をあげる。
「部屋の前を通りかかったら、2人の言い争う声が聞こえてきた。何度声をかけても気づかないからそのまま中へ入ってみると、ジェニファー様に煎れるお茶の件で揉めていた。このままでは埒が明かないと思って、俺がお茶を煎れただけだ。……いかがですか? ジェニファー様」
傍らでお茶を飲むジェニファーにシドは尋ねた。
「ええ、とても美味しいわ。ありがとう、まさか騎士のシドからお茶を煎れて貰うとは思いもしなかったわ」
「滅多にお茶を煎れることは無いのですが……そう仰っていただけると嬉しいです」
平静を装いながら答えるが、シドの両耳は赤くなっている。
すると、そのことに気付いたポリーがココの袖を引っ張った。
「ココさん、洗濯物の取り込みが残っていました。行きましょう」
「え? だってまだ早いけど?」
「いいから、行きましょう! それではジェニファー様。また後程、伺います」
「ちょ、ちょっと!」
ココがポリーに半ば強引に連れ出されて行き、部屋の中が2人きりになるとシドが話しかけてきた。
「ジェニファー様。どこか痛む所は無いですか?」
「ええ、もうすっかり大丈夫よ」
元々健康体で、身体を動かすことに慣れていたジェニファー。寝込んだのは翌日までで、昨日からは起き上がって過ごせるようになっていたのだ。
「そうですか。その言葉を聞いて安心しました」
ニコリと笑みを浮かべるシド。
以前は人前で笑顔を見せることなど全く無かったが、ジェニファーの前では自然と笑顔になれるようになっていたのだ。
「あの……ジョナサンは、どうしているのかしら……? 皆私に気を使って、ジョナサンのお世話は大丈夫と言ってくれているけど、もう2日も会っていないの。心配だわ」
俯くジェニファーの声は寂しげだった。
「……ジョナサン様に会いたいですか?」
「ええ、勿論会いたいわ。決まっているじゃない」
「そうですか……」
返事をしながら、シドはニコラスとのやりとりを思い出していた——
****
ニコラスがジョナサンの世話をすると決めたあの日、城の見回りを終えたシドは書斎で仕事をしていたニコラスの元を訪ねた。
『ニコラス様。本当にジョナサン様のお世話を自分でするつもりなのですか?』
『ああ、出来る限りそうするつもりだ』
ベビーベッドで眠るジョナサンにチラリと視線を送るシド。
『ですが、元々ジェニファー様にジョナサン様のお世話を頼んでいましたよね? それなのジェニファー様から取り上げるつもりですか?』
『取り上げるって……随分な言い方だな?』
『……申し訳ございません。言葉が過ぎました』
するとニコラスはため息をつく。
『まぁいい。あまりジェニファーを頼り過ぎるのは良くないと思ったんだ。今迄はジェニーの遺言を守る為に、彼女の意思も尊重せずにジョナサンの世話を押し付けていたからな』
『それは、一体どういう意味でしょう?』
『今後は、ジェニファーの意思を尊重していこうって意味だ』
『え……?』
『その前に、まずは誤解を解くべきだと思ったんだ』
『誤解を解くって…‥』
『それはな……』
****
「ジェニファー様に、お話しておきたいことがあるのですが……」
シドは慎重な面持ちになる。
「何のこと?」
「ニコラス様が昨日ジェニファー様の件で、フォルクマン伯爵に電話を入れました」
「え……?」
ジェニファーの緑の瞳が見開かれた——
脱輪事故から2日後――
ジェニファーの寝室では誰がお茶を煎れるかということで、ポリーとココが言い争いをしていた。
「ジェニファー様のお世話をするのは私です。テイラー侯爵家から専属メイドを任されて、こちらのお城に一緒に来たのですから」
「私はこの城で働いているメイドよ。私の方が良く分かっているわ。ジェニファー様のお世話なら私に任せなさいよ」
「私は旦那様に直接、ジェニファー様のお世話を頼まれたんですよ!?」
「ニコラス様は、全ての使用人にジェニファー様のお世話をするように話していたと今朝の朝礼で執事長が言ってたでしょう!」
睨みあうポリーとココ。
「あ、あの……2人とも。落ち着いてくれるかしら?」
テーブルの前に座ってポリーとココの言い争いを見つめていたジェニファーが見かねて声をかけた。すると同時に振り向く2人。
「「落ち着いていますよ??」」
「ジェニファー様、私が直に旦那様にお世話を言い使ったのだとココさんに言って下さい」
「いいえ、ポリーさんよりも、この城で働いている私の方がお世話に向いています。そうは思いませんか? ジェニファー様」
「え? そ、それは……」
2人に同時に迫られて、戸惑うジェニファー。
その時。
「どうぞ、ジェニファー様」
淹れたての紅茶がジェニファーの前に置かれた。
「え?」
驚いて見上げると、銀のトレーを手にしたシドがじっと見つめている。
「あ、ありがとう。シド」
シドが紅茶を煎れてくれたことに戸惑いながらもジェニファーは礼を述べると、彼は口元に笑みを浮かべた。
「いいえ、どうぞお飲み下さい」
「あ! シドさんっ!」
「いつの間に!?」
突然現れたシドに、ポリーとココが同時に声をあげる。
「部屋の前を通りかかったら、2人の言い争う声が聞こえてきた。何度声をかけても気づかないからそのまま中へ入ってみると、ジェニファー様に煎れるお茶の件で揉めていた。このままでは埒が明かないと思って、俺がお茶を煎れただけだ。……いかがですか? ジェニファー様」
傍らでお茶を飲むジェニファーにシドは尋ねた。
「ええ、とても美味しいわ。ありがとう、まさか騎士のシドからお茶を煎れて貰うとは思いもしなかったわ」
「滅多にお茶を煎れることは無いのですが……そう仰っていただけると嬉しいです」
平静を装いながら答えるが、シドの両耳は赤くなっている。
すると、そのことに気付いたポリーがココの袖を引っ張った。
「ココさん、洗濯物の取り込みが残っていました。行きましょう」
「え? だってまだ早いけど?」
「いいから、行きましょう! それではジェニファー様。また後程、伺います」
「ちょ、ちょっと!」
ココがポリーに半ば強引に連れ出されて行き、部屋の中が2人きりになるとシドが話しかけてきた。
「ジェニファー様。どこか痛む所は無いですか?」
「ええ、もうすっかり大丈夫よ」
元々健康体で、身体を動かすことに慣れていたジェニファー。寝込んだのは翌日までで、昨日からは起き上がって過ごせるようになっていたのだ。
「そうですか。その言葉を聞いて安心しました」
ニコリと笑みを浮かべるシド。
以前は人前で笑顔を見せることなど全く無かったが、ジェニファーの前では自然と笑顔になれるようになっていたのだ。
「あの……ジョナサンは、どうしているのかしら……? 皆私に気を使って、ジョナサンのお世話は大丈夫と言ってくれているけど、もう2日も会っていないの。心配だわ」
俯くジェニファーの声は寂しげだった。
「……ジョナサン様に会いたいですか?」
「ええ、勿論会いたいわ。決まっているじゃない」
「そうですか……」
返事をしながら、シドはニコラスとのやりとりを思い出していた——
****
ニコラスがジョナサンの世話をすると決めたあの日、城の見回りを終えたシドは書斎で仕事をしていたニコラスの元を訪ねた。
『ニコラス様。本当にジョナサン様のお世話を自分でするつもりなのですか?』
『ああ、出来る限りそうするつもりだ』
ベビーベッドで眠るジョナサンにチラリと視線を送るシド。
『ですが、元々ジェニファー様にジョナサン様のお世話を頼んでいましたよね? それなのジェニファー様から取り上げるつもりですか?』
『取り上げるって……随分な言い方だな?』
『……申し訳ございません。言葉が過ぎました』
するとニコラスはため息をつく。
『まぁいい。あまりジェニファーを頼り過ぎるのは良くないと思ったんだ。今迄はジェニーの遺言を守る為に、彼女の意思も尊重せずにジョナサンの世話を押し付けていたからな』
『それは、一体どういう意味でしょう?』
『今後は、ジェニファーの意思を尊重していこうって意味だ』
『え……?』
『その前に、まずは誤解を解くべきだと思ったんだ』
『誤解を解くって…‥』
『それはな……』
****
「ジェニファー様に、お話しておきたいことがあるのですが……」
シドは慎重な面持ちになる。
「何のこと?」
「ニコラス様が昨日ジェニファー様の件で、フォルクマン伯爵に電話を入れました」
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