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3−34 ダンとシド

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「すみません、狭い部屋で」

テーブルの上に置かれたアルコールランプに火を灯すと、ダンはシドの向かい側に座る。

「いや、こちらこそ突然押しかけるような真似をして申し訳ない」

シドはマントのフードを外した。

「それで、確か名前は……」

「ニコラス様の護衛騎士をしているシドです」

「そうですか……あの、それで一つ頼みがあるんですが……」

「頼み?」

「ええ。騎士の人から敬語を使われると妙な感じがするので、普通に話してもらいたいんですけど。俺はジェニファーと違って爵位もないタダの平民なので」

「なら、俺にも敬語を使わずに普通に話してくれ」

「ああ、分かった。それで俺に一体何の用事で、ここまで来たんだ?」

ダンは頬杖をついてシドに尋ねた。

「それが……」

そこでシドは言葉を詰まらせる。ここに辿り着くまでにかなり労力を使ったのに、いざダンを前にすると、何の為に訪ねてきたのか分からなかったからだ。
ただ、分かることは……。

「ジェニファー様を……連れ戻す為に来たのか?」

「!」

その言葉にダンはピクリと肩を動かし……そして苦笑した。

「ああ、そんなところかな……」

「自分で何を言っているのか分かっているのか? ジェニファー様はニコラス様と結婚しているんだぞ? 2人は夫婦なんだ。それなのに、連れ戻せるはず無いだろう?」

「夫婦か……。でも、俺の目からはとてもじゃないが、夫婦には見えなかった。まるであれでは使用人と主だ。それとも貴族の夫婦関係はあんなものなのか? 夫婦っていうのは対等なものじゃないのか? 少なくとも俺が結婚していたときは妻と対等な関係だったぞ。……もっとも婿養子だった上に、今は離婚されてしまったけどな」

「え……? そうだったのか……?」

その言葉にシドが眉をひそめる。

「もしかして、同情してくれているのか? でも、俺が悪かったんだよ。彼女に離婚を決断されてしまったのは俺に原因があったからな」

「その原因て……」

「聞かなくても、俺を訪ねてきたってことは理解しているんじゃないのか? 俺は女性としてジェニファーを愛している。子供の頃から、今もずっとな。妻にそのことを見抜かれてしまったから離婚されてしまったんだよ。どうしても妻に触れることが出来なかったから……」

そしてダンは俯いた。

「な……!?」

その言葉は、シドにとって衝撃だった。

「妻は子供が欲しがっていたし、婿に入った家でも跡取りを欲しがっていたんだ。だけど、そんなことじゃ跡取りなんて生まれてくるはずはないだろう? もちろん夫婦関係は悪くはなかった。2人で休みの日は色々なところへ遊びに行ったりもしたし、話もたくさんした。……まるで友人のようにね」

シドは黙ってダンの話を聞いている。

「俺は、本当は結婚なんかしたくなかった。愛する女性が同じひとつ屋根の下に住んでるっていうのに、どうして他の女性と結婚しなければならない? 貧しい生活だったけど本当に幸せだったんだ。だが、欲に目がくらんだおふくろに俺は売られてしまった。結局、こんな形になってしまったけどな」

自嘲気味に笑うダンに、かける言葉が見つからない。

「俺には妹がいてね、ジェニファーから手紙を貰った知らせを受けて読ませてもらったんだ。今の生活を書いたものだったけど、様子がおかしいことが分かった。だからここに来たんだよ。ジェニファーが不幸なら、ここから連れ出そうと思ってね。だけど……拒絶されたよ。あの赤児がいるから、一緒に行けないって」

その言葉はシドに安心感を与えた。

「そうか、なら……」

「だけど、俺は諦めない。20年以上、ずっとジェニファーだけを思って生きてきたんだ。ジェニファーが心から今の結婚を幸せに思えないなら、無理矢理にだって連れ去るつもりだ」

「なっ……!」

その言葉にシドはカッとなる。

「そういうあんたはどうなんだよ」

ダンはシドを指さした。

「俺……?」

「あんたもジェニファーのことが好きなんだろう? 分かるよ。あんなに気立ても良くて、美しい女性なんて他にいないからな。だが、そのことをあの候爵は何も分かっていないようだが。俺はたとえ、相手が候爵だろうとジェニファーを辛い目に遭わせるような男は認めるつもりはない」

シドはダンのジェニファーに対する想いの強さに言葉を無くしていた。

「だが、俺はいつまでもここにいるわけにはいかない。金にも限界があるし、仕事もしないとならない。だから、あんたに頼みがあるんだ」

「俺に頼み?」

まさか頼み事をしてくるとは思わず首を傾げる。

「ジェニファーが辛い目に遭わないように……彼女を見守ってやってくれないか? 頼む」

そしてダンはシドに頭を下げてきた――
 
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