望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

2-2 専属メイド

「どうぞ、こちらのお部屋をお使いください」

案内された部屋は、とても広くて走り回れそうな広さがあった。床は温かみのある木製で、真っ白な壁。
南向きの大きな窓からは明るい太陽の光が差し込み、天蓋付きの大きなベッドが置かれている。
他にライティングテーブルに、ソファセット。真っ白なドレッサー。
どれも、まるで夢のように素敵な部屋だった。

「あ、あの……本当にこんな素敵なお部屋を使ってもいいのですか？」

ジェニファーはおずおずとアンに尋ねた。

「はい、そうです。御主人さまに、そのように仰せつかっていますから。こちらの扉はバスルームになっています」

アンが扉を開けた。
すると足を延ばせて入れるようなバスタブに、シャワーにトイレまで備え付けてあった。

「このコックを捻れば、お湯が出るようになっています」

「なんて凄いの……」

思わずジェニファーはため息をつく。
ブルック家では、コックを捻ればお湯が出るようなことは無かった。井戸から水をくみ上げ、薪をくべてお湯を沸かさなければならない。

（世の中にはこんな便利な生活が出来る場所があったのね……）

そんなジェニファーの姿を、アンは面白くない気持ちで見つめていた。

（どうして私が子供の面倒をみなければいけないのよ。確かに外見はジェニー様とよく似ているけれど、こんな貧しい子供なんて……）

高級な服を着ていても、ジェニファーが貧しい子供だということをアンは見抜いていた。
それはジェニファーの手に出来ている豆や、ささくれだ。
貴族令嬢であるなら、家事など一切しない。当然ジェニファーのような手になるはずは無いのだ。

（エバンズ様の命令でなければ、誰がこんな子供の世話なんて……！）

アンがこのような感情をジェニファーに向けるのは無理も無かった。
彼女は地方出身の男爵令嬢。行儀見習いと言う事で、４年間働くことが決められていた。
アンはフォルクマン伯爵家で働いている間に良い結婚相手を捜すつもりでいたのだが、ジェニファーの専属メイドにさせられてしまっては、難しくなるだろう。

ジェニファーがフォルクマン伯爵の姪子であることは全員が事前に知らされている。
アンは自分と同じ男爵令嬢でありながら、客人として丁寧にもてなしを受けるジェニファーに嫉妬していたのだ。

（本当に気に入らないわ……でも、この子どもの面倒を見れば私の評価が上がるかもしれないわ。何しろ旦那様の姪っ子で、ジェニー様の従姉妹なのだから。なら、親切にしたほうがいいわね）

「それでは、ジェニファー様。何か御用がありましたら、こちらのベルを鳴らして下さい」

アンは自分の中でそう結論づけると、部屋に設置された呼び鈴を指差した。

「お着換えや、入浴のお手伝い等、何でもおっしゃって下さい」

「ありがとうございます。あの……でも、私何でも自分で出来るから大丈夫です」

（皆、お仕事忙しいはずだもの。自分のことくらい、自分でやらなくちゃ）

ジェニファーは迷惑をかけたくなくて、そのように言ったのだがアンは違った。

（何よ！　この子、私に世話をさせないで旦那様にいいつけるつもりかしら！　専属メイドなのに、何もしてくれないって）

「そうですか。でもお困りのときは何時でも声をかけてくださいね？　それでは私は一旦失礼させていただきます」

苛立ちを押さえながらアンは会釈すると、足早に部屋から出て行った――