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第9章 5 婚姻届は無効
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「な、何なんですか?話したいことって。そ、それよりエーリカは?娘は何処なんですか?私は娘を迎えに来ただけですよ?」
アグネスはうろたえながらロイド署長を見た。しかし彼は眼光鋭く言った。
「座って下さい。…あまり手荒な真似はしたくないのでね」
その声は静かだが、アグネスを震え上げさせるには十分だった。
「…」
アグネスは黙って椅子に座ると、その向かい側にロイド署長が座った。そして背後に控えている1人の警察官に言った。
「おい、お呼びしてくれ」
「はっ」
警察官は返事をすると部屋を出ていった。
(何なのよ…。一体誰をここに連れてくるって言うのよ。エーリカのことかしら?それにしては言い回しが丁寧だったけど…?)
訝しんでいると、再びドアがガチャリと開かれた。
「…!」
アグネスは入って来た人物を見て目を見開いた。
「あ、あなたは…」
するとその人物は口を開いた。
「…ようやくまた会えましたね。アグネスさん」
部屋に入ってきたのはリヒャルトだった。そして後からヴィクトール、グスタフ、最後にリカルドが入ってきた。
「あ!お、お前…!」
アグネスはグスタフを見ると指さした。
「ああ、私の事を覚えていたのですか?てっきり忘れられていると思っていましたよ」
グスタフは涼しい顔で言う。
「こ、これは一体どういう事です!な、何故彼等がここに…?!そんな事よりも娘のエーリカを早く引き渡して頂戴!そして帰らせて下さいっ!」
アグネスは震えながらロイド署長に訴えた。
「帰る?一体何処へ帰ると言うのだい?」
リヒャルトが冷たい声で尋ねる。
「そ、それは…」
アグネスは答えられない。…答えられるはずが無かった。なぜならシュバルツ家の屋敷の名義変更をすることも出来ないうちに、リヒャルトが目の前に現れたからである。今のアグネスは不法にシュバルツ家を占拠している立場に追いやられていた。
(答えられるはずないじゃない!)
「残念だったな。アグネス。お前はもう終わりだ。お前が持っている婚姻届は無効だ。本人にはその気が無かったわけだし、あのサインには不備があったのさ」
リカルドが口角を上げながら言う。
「ふ、不備…ですって…?」
(嘘よ!あの婚姻届のサインは確実…!催眠暗示に掛けて…書かせたのだから!)
ヴィクトールが言った。
「恐らく、リヒャルト様は暗示に掛けられながらも必死で抵抗したのでしょうね。あのサインはスペルが2箇所抜けていたのですよ」
「何ですって…?」
アグネスは声を震わせた。
「ああ、そうだ。正しい私のサインはこれだ」
リヒャルトはポケットから手帳とペンを取り出すと、頁を開いてスラスラと紙の上に走らせ、テーブルの上に置いた。
「これが私のサインだ」
「では見比べてみようか?」
リカルドがアグネスとリヒャルトの婚姻届を手にしていた書類ケースから取り出し、テーブルの上に置いた。
「あ!そ、その婚姻届はっ!い、いつの間にっ!」
アグネスが悔しそうに唇を噛む。実はこの婚姻届はジャックが事前にアグネスの部屋を探し出し、見つけておいたものだったのだ。全員がそのサインに注目した。すると確かにリヒャルトのスペルが2箇所欠けている。
「どうだ?これでもうこの婚姻届は無効だということが分かっただろう?つまりお前と私は夫婦ではない、全くの赤の他人だということが」
リヒャルトはアグネスの目を真っ直ぐに見つめた―。
アグネスはうろたえながらロイド署長を見た。しかし彼は眼光鋭く言った。
「座って下さい。…あまり手荒な真似はしたくないのでね」
その声は静かだが、アグネスを震え上げさせるには十分だった。
「…」
アグネスは黙って椅子に座ると、その向かい側にロイド署長が座った。そして背後に控えている1人の警察官に言った。
「おい、お呼びしてくれ」
「はっ」
警察官は返事をすると部屋を出ていった。
(何なのよ…。一体誰をここに連れてくるって言うのよ。エーリカのことかしら?それにしては言い回しが丁寧だったけど…?)
訝しんでいると、再びドアがガチャリと開かれた。
「…!」
アグネスは入って来た人物を見て目を見開いた。
「あ、あなたは…」
するとその人物は口を開いた。
「…ようやくまた会えましたね。アグネスさん」
部屋に入ってきたのはリヒャルトだった。そして後からヴィクトール、グスタフ、最後にリカルドが入ってきた。
「あ!お、お前…!」
アグネスはグスタフを見ると指さした。
「ああ、私の事を覚えていたのですか?てっきり忘れられていると思っていましたよ」
グスタフは涼しい顔で言う。
「こ、これは一体どういう事です!な、何故彼等がここに…?!そんな事よりも娘のエーリカを早く引き渡して頂戴!そして帰らせて下さいっ!」
アグネスは震えながらロイド署長に訴えた。
「帰る?一体何処へ帰ると言うのだい?」
リヒャルトが冷たい声で尋ねる。
「そ、それは…」
アグネスは答えられない。…答えられるはずが無かった。なぜならシュバルツ家の屋敷の名義変更をすることも出来ないうちに、リヒャルトが目の前に現れたからである。今のアグネスは不法にシュバルツ家を占拠している立場に追いやられていた。
(答えられるはずないじゃない!)
「残念だったな。アグネス。お前はもう終わりだ。お前が持っている婚姻届は無効だ。本人にはその気が無かったわけだし、あのサインには不備があったのさ」
リカルドが口角を上げながら言う。
「ふ、不備…ですって…?」
(嘘よ!あの婚姻届のサインは確実…!催眠暗示に掛けて…書かせたのだから!)
ヴィクトールが言った。
「恐らく、リヒャルト様は暗示に掛けられながらも必死で抵抗したのでしょうね。あのサインはスペルが2箇所抜けていたのですよ」
「何ですって…?」
アグネスは声を震わせた。
「ああ、そうだ。正しい私のサインはこれだ」
リヒャルトはポケットから手帳とペンを取り出すと、頁を開いてスラスラと紙の上に走らせ、テーブルの上に置いた。
「これが私のサインだ」
「では見比べてみようか?」
リカルドがアグネスとリヒャルトの婚姻届を手にしていた書類ケースから取り出し、テーブルの上に置いた。
「あ!そ、その婚姻届はっ!い、いつの間にっ!」
アグネスが悔しそうに唇を噛む。実はこの婚姻届はジャックが事前にアグネスの部屋を探し出し、見つけておいたものだったのだ。全員がそのサインに注目した。すると確かにリヒャルトのスペルが2箇所欠けている。
「どうだ?これでもうこの婚姻届は無効だということが分かっただろう?つまりお前と私は夫婦ではない、全くの赤の他人だということが」
リヒャルトはアグネスの目を真っ直ぐに見つめた―。
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