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第1章 6 切り札は結婚証明書

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「どう?その婚姻届けには・・私とリヒャルトの名前が記されているでしょう?これで私が彼の妻である事が証明されたわね?だったら女主人である私に敬意を示しなさいっ!」

アグネスはグスタフとアーベルを交互に見つめながら2人を叱責した。しかし、アーベルはこの婚姻届けを前に鼻で笑った。

「こんな紙切れ1枚で貴女がリヒャルト様の結婚相手と認められると思うのですか?こんなものはいくらでも偽造できますよ?」

しかし、グスタフは嫌な予感を感じていた。何故なら婚姻届けに記されたサインの筆跡がリヒャルトの筆跡によく似ていたからだ。

(まさか・・・そんなはずなはいと思いたいが・・・。)

すると、案の定アグネスは言った。

「疑うならいいわ。何なら専門家に頼んで筆跡鑑定をお願いしようじゃないの。それでリヒャルトと同じ筆跡だと確認できた暁には・・・私がここの正式な女主人になるわよ?まぁ・・筆跡鑑定をするまでも無いけど?」

アグネスは自信たっぷりの笑みを浮かべると、再びバックの中に手を入れるともう1通大きな茶封筒を取り出すと、バサリと無造作にテーブルの上に置いた。

「ほら、ごらんなさい。」

「・・・拝見致します。」

アーベルは茶封筒を手に取り、中から書類を取り出して目を通した。

「こ、これは・・・!」

それはリヒャルトとアグネスの結婚証明書だった。しかも神父のサイン入りである。

「どう?神に仕える神父が・・偽の結婚証明書にサインすると思う?」

アグネスは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、悔しそうにしているアーベルとグスタフを交互に見た。結婚証明書がある以上、もはやアグネスをシュバルツ家の女主人と認めざるを得なかった。しかし・・・アーベルは言った。

「旦那様がお亡くなりになった以上は・・・この屋敷の女主人は一人娘であられるスカーレット様です。よって貴女を女主人と認めるわけにはまいりません。」

すると娘のエーリカが口を挟んできた。

「あら?確かスカーレットは私より2歳年上の19歳じゃなかったかしら?まだ成人年齢には満たないわよね?そんな人間が女主人になれるはずないでしょう?ここはやっぱりお母さまが女主人になるしかないわよ。ね?お母さま?」

エーリカは甘えたようにアグネスの腕に絡みつく。その様子にアーベルとグスタフは体中の血が沸騰しそうな怒りを覚えた。何故ならエーリカは男爵家の娘であり、さらに年下のくせに伯爵家のスカーレットを呼び捨てにしたからである。

「フフフ・・・そうよ、エーリカ。流石私の娘だけあって、賢いわ・・・。」

アグネスはエーリカの頭を優しくなでると、次にきつい目つきでアーベルとグスタフを睨み付けると言った。

「さあ!分かったらさっさと2人分のお茶とお茶菓子・・そして、娘のスカーレットをここに連れてきなさいっ!新しい母に挨拶をさせなければ、他の使用人たちにも示しがつかないからね?!」

「く・・っ!」

アーベルは悔しそうに拳を握り締めた。そしてグスタフは怒りのあまり震えが止まらない。だが、グスタフは思った。ここで拒絶すれば自分たちのみならず他の使用人たちにもアグネスの怒りの矛先が向いてしまいかねない。そして何より今身を案じているのはスカーレットの事であった。

「わ・・分かりました。スカーレット様を・・お連れします・・。」

グスタフが悔し気に返事をした。

「!」

そんなグスタフをアーベルは驚いたように見る。

「アーベル・・・お前がスカーレット様を連れてきてくれ。私はアグネス・・様達の・・お茶と菓子の準備を・・してくる・・。」

グスタフはアグネス母娘に紅茶と菓子を振舞うという屈辱的な行為を自ら受け入れ、わざとアーベルにはスカーレットを呼びに行かせる任務を任せたのだった。

「わ・・分かりました。スカーレット様をお連れして参ります。」

アーベルは悔しさを押さえ、頭を下げるとスカーレットを迎えに行くために部屋を出て行った。その姿を見届けたグスタフはアグネスに声を掛けた。

「では・・私もすぐにお茶の準備をして参ります。」

そして頭を下げると客間を後にした―。
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