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43.大切なもの②〜エドワード視点〜

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ガチャッガチャ、ガチャ…。


この部屋も鍵が掛かっていて開かなかった。
施錠を命じたのは、彼女が出て行く時に使用人達に片付けるようにと指示を出した部屋だけだったはずだ。


 この部屋も彼女が使っていたのか…?


一応は確認したほうが良いだろうと、深く考えずに持っていた親鍵を使って開けてみた。
そこは彼女が使っていた形跡はなにもなかった。

それどころかこの部屋は大人の部屋でもない。
明らかに子供、それも赤ん坊の為に用意された部屋だった。


色は淡い黄色をベースにして全体的に可愛らしい感じで揃えている。

小さなベビーベッド、肌触りの良さそうな綿毛布、柔らかい生地のぬいぐるみ、たくさんの小さな服…。どれも愛情を込めて選んだろうと伝わってくるものばかり。


 ここは誰のための部屋だったんだ…?


ダイソン伯爵家には赤ん坊はいない。
そもそもここの部屋にあるものは全てが新品で使われた形跡はない。


なぜか胸が締め付けられ、無性に苛ついてくる。


この部屋に何があるというのか。
俺には関係がないはずなのに、このざわつくような嫌な感じはなんだ。


それが知りたくて、いや知りたくなんてないのに…勝手に身体が動いてしまう。
手当たりしだいに引き出しを開けてなかを確かめていく。


ガッタン、ガッタン…。


『ここにはおしめがある、これは涎掛けか、この小さなものはミトンだな』

引き出しに入っている物は、全て赤ん坊の為の物でおかしなものは出てこない。

『そしてここにはちょっと気が早いけど絵本が仕舞ってあるんだ。ほらあった…』


 ……っ……!!


戸棚を開け仕舞ってあった絵本を手にして固まった。



自分の行動のおかしさに気がつく。



俺はなかに何があるか確認していた。
だがそれは途中までで…途中からどこに何があるか開ける前から俺は知っていた。

この部屋には初めて入ったのに…。



 どうして俺は分かったんだ…。
 どこに何があるか
 それに買ってしまったって…誰がだ?



訳が分からずにいる自分の頭の中に声が流れてくる、いや…甦ってくる。
それは紛れもなく自分自身の声だった。


『ほら絵本を買ってきたんだ。ちょっと早いかと思ったけど、子供はすぐに大きくなるから買っても無駄にならないはずだろ』

『男の子でも女の子でも元気に遊んでほしいから木馬も用意したよ。えっ、まだ早いって?分かったよ、これはここに飾っておこう。でもすぐにお腹の子は乗りたがるようになるさ』



記憶にない声…ではなかった。
今ならその記憶が…ある。
さっきまではなかったはずなのに…。


 これはどういうことだ……。
 …どういう意味なんだ……。


それは混乱なんて生易しいものではなく、恐怖だった。

次々と頭のなかが新しくてそれでいて古い記憶で埋め尽くされていく。

それはまるで記憶に襲われているかのよう。


 やめろっ、やめてくれっ!
 なんなんだこれはっ…。


頭を掻きむしりながらふと視線を上げるとそこには棚があって、白い布が掛けられた何かが置いてある。

記憶のなかの俺は嬉しそうな顔をして、あそこに木馬を置いていた。

ふらふらと覚束ない足取りで棚に向かって歩いていく。


 ち、が…う…。
 木馬なんかじゃな…い。
 違うなに…かだ…。


誰かが『やめろっ』と言って、他の誰かが『目を背けるなっ』と言っている。

それは今の俺と、以前の俺だった。


ゴクリとつばを飲み込みながら震える手で布を取り去る。

そこには白い木馬があった。



『きっとこの白い木馬を俺達の子は気に入ってくれるぞ、マリア』
愛する妻に得意げに話している俺。
『本当に気が早いお父様ね、まだまだ生まれてくるのは先なのに。でもありがとう、エド』
まだ膨らんでいないお腹を優しく撫でながらお腹の子に話し掛けているマリア。


二人は幸せそのもの。
そこには真実の愛があった。
それは揺るがないもので、永遠だったはず…。


 あの子はどこ…にいる…。
 どうして生まれていない…。

答えなんて決まっている。
この部屋は使われていないのだから…。




すべてを俺は思い出した。
そして何を忘れてしまっていたのか知った。



『うああああぁぁーーーーー』


口から出たのは絶叫だった。


俺は自分のしたことの意味を知った。


 
 俺はこの手で愛する人の心を引き裂いていったのか…。
 神様あんまりだ…。
 こんなことって…残酷すぎるだろっ。
 どうしてこんなことに…!


愛する人が悲しんでいるのを知りながら、背を向けて俺は笑っていた。
誰よりも大切なマリアを傷つけて、俺は大切だと信じていたものを守ることだけを優先させていた。

本当に…大切なマリアを傷つけて。
待ち望んでいた大切な我が子がいなくなっていることも忘れて…。



 
 うおおぉぉぉぉーーー。



気が狂いそうだった。
いや、狂ってしまいたかった。

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