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30.ダイソン伯爵夫人④

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「お久しぶりです、マリア様。どうか私のことは以前と同じようにラミアとお呼びくださいませ」

私から挨拶をしたことで受け入れて貰えたと思ったのか、ラミアはほっとした表情を見せ、名を呼んでくれと自ら求めてくる。


彼女を『ダイソン伯爵夫人』と呼んだのは、名を呼ぶほど親しい間柄ではないと拒絶の意味を込めていたのに気づいていないのだろうか。

ここで頑なにダイソン伯爵夫人と呼び続けるのも大人げないので『分かりましたわ、ラミア様』と言うと、彼女はにこやかに微笑む。

囲まれていた時とは違って、それは自然な笑顔だった。


彼女は今、自分のことしか見えていない。だからこそ笑えている。

私のことは考えいない。

目の前にいるのはただ自分の窮地を救ってくれた人でしかないのだろう。それとも過去は過去として割り切っているのだろうか。
私が知っている彼女はこんな人ではなかったのに…。
 
 もう関係ないわ。
 ただ関わりたくないだけ…。


形だけの挨拶のみで話しを終わらせ、早々に彼女から離れようとする。

「お元気そうなラミア様に会えて嬉しかったですわ。折角夜会に来たのですから、社交をしなければもったいないですわね。お互いに他に社交をするべき相手がいるでしょうから、時間を大切にいたしましょう。では失礼致しま、」

さり気なく彼女を拒絶する言葉を口にするが、それは遮られてしまう。

「大丈夫ですわ!マリア様と話す時間ならたくさんありますから!」

私の言葉の意図は伝わっているだろうに、彼女は無理矢理話を続けようとする。

彼女は私と話したいのではない。
ただあの場に引き戻されるのを危惧しているだけ。
それは良く言えば防衛本能で、悪く言えば我儘な自己保身に過ぎない。


『勝手だわ…』と思ってしまう。


彼女に悪意はない、私のことを貶めようともしていない。それはその目を見れば分かった。

ただ彼女は悪意にさらされ続け、正常な判断を放棄している。それは彼女の弱さゆえ。

でも心が狭い私は、そんな彼女を受け入れるほど優しくはない。


「では私にするべき話をして頂けますか?」

突き放すような口調に彼女は慌てて『…っ、えっと…そうですね、』と話し出す。


それはダイソン伯爵家の義家族や使用人達の近況。確かに私と以前は親しかった人達の話だけれども、今の私に話すべきことではない。

彼女は冷めた表情の私に焦りながらも話しを止めない、意味のない会話をひたすら続ける。


 ……分かるわ、辛いのでしょう。
 標的にされ苦しいのでしょう。
 でも誰かを犠牲にして逃げるのは違うわ。
 それで本当にいいの…?

 
貴族社会の厳しさを知っているからこそ彼女の気持ちも理解は出来る。
なんの術もなくあの悪意に立ち向かうのは至難の業だから。


それでも彼女が私に縋るのだけは間違っている。
これ以上ラミアの茶番に付き合いたくなくて、彼女の話しを今度は私が遮る。


「ラミア様、有り難うございます。素敵なお話を聞かせて頂き心より感謝申し上げますわ。
ですがもう十分です、これ以上はですから。では御機嫌よう」

明確な拒絶に『まだここにいさせて…』とラミアは目で訴えてくる。


 その甘えは人を傷つけているの。
 自分のことだけではだめなの、何も解決はしない。
 それに気がついて…。


私は挨拶をした時と同じくらい完璧な微笑みを浮かべ優雅に去っていこうとする。
それはお互いにとって最善の終わり方だった。それなのに彼女はまだ縋ってこようとする。


「あ、あの…まだお話が…。そう、そうです!まだケビンのことをお伝えしておりませんでしたわ。マリア様のご配慮のお陰であの子はダイソン伯爵家の嫡男としてすくすくと成長しております。最近では『まぁー』などと私のことを呼んでくれとても可愛らしくって、」


その言葉にビクッと身体が止まってしまう。

それをラミアは私の了承と捉え、嬉々として『ケビンが…』と捲し立てるように話し続ける。
私を引き止められた嬉しさだけでなく、我が子への愛情の深さゆえなのだろう。

その顔は優しさと母性が滲み出ていて、計算なんてなかった。

羨ましいと思うと同時に胸が苦しくなる。
心の奥に仕舞い込んだ大切な想いが土足で踏みにじられる。


 ケビン…ケ…ビ……ン…。
 可愛い我が子はなによりも大切なもの……。

 そんなの分かっているわ。
 だもの。
 
 もう…やめ…て……。


悪意のない鋭利な言葉が突き刺さり血が流れ出す。


ドクン…ドクン……。

ああまただ。
頭の中では我が子を呼ぶ母の声が鳴り止まない。
泣き声まで聞こえてくる。


きっと私は青褪めているだろう。でもラミアは気づかず我が子の話に夢中になってる。
彼女は自分のしていることの本当の意味を知らない。
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