32 / 57
29.ダイソン伯爵夫人③
しおりを挟む
社交界はただ華やかで楽しい場所ではない。
己の才覚で存在を見せつけ、相手に侮られないようにすることも求められる。
それは爵位が高ければ高いほど必要になること。
そうでなければ高位貴族に相応しくないとみなされ社交界で相手にされなくなる。
他国の男爵家出身のラミアにとっては辛い状況だろう。
足りないものを補う為に彼女はダイソン伯爵家で暮らし始めた時から一生懸命に学んでいたが、高位貴族が生まれた時から叩き込まれるものを平民に近い暮らしをしていた男爵令嬢がすぐに身につけられるわけがない。
でも彼女の振る舞いから、彼女なりに今日まで最大限の努力をしていることは分かる。
礼儀作法・動作・イントネーションなど、私が知っている以前の彼女とは格段に違うから。
それでも高位貴族に求められるレベルにはまだ達していないのも事実。
これが普通の手順で他国から嫁いで来た男爵令嬢なら『初々しい花嫁だ』と周りも見守るように接していただろうが、状況がそれを許さない。
みんな彼女を『ダイソン伯爵夫人として付き合うべき相手か』と見極めようと試しているのだ、殊更厳しく…。
彼女にはまだまだ足りない部分はある。
囲まれながら反論の一つもまともに出来ていないのがその最たるもの。
それでも今の彼女が出来る唯一のこと『笑顔で耐え続けること』を実践できているのだから、今はそれだけで及第点と思っていいだろう。
無様な反論をして返り討ちにあうよりは、ひたすら耐えたほうが傷は浅くて済むのだから。
彼女は彼女なりに頑張っていることは伝わってくる。引きこもるほうが楽だが、夫エドワードと息子ケビンの為に『ダイソン伯爵夫人』として、この社交の場に自ら出てきている覚悟からもそれは窺える。
ラミアのその姿勢は素晴らしいとは思う。
ただ逃げるだけではなにも変えられないから。
でも私は彼女の現状がどうであろうと自ら関わるつもりはない。
ラミア達がいる場所は私から少し距離もあるし、周りの貴族たちもあえて私にラミアの存在を知らせる愚か者はいない。
ヒューイの今までの対応が素晴らしかったお陰だろう。
だからこのまま接触せずに済ませるはずだった。
だがその集団から目を逸らす時にラミアと一瞬目が合ってしまう。
それは本当に偶然で視線の交わりに意味などなかった。
しかし彼女は私の存在を認識すると、なぜかほっとしたような表情を見せる。
気まずげな表情でも、いたたまれない表情でもなく、私を見て安堵の表情…?
私が助けることを期待しているのだろうか。
そんなことを私に求めてしまうほど追い詰められているのだろうか。
…確かにそうなのかもしれない。
彼女の笑顔はぎこちなくなっているから。
酷いと思われようが助けるつもりはないので、私は何もしなかった。
するとラミアは周りを取り囲む女性達に『私から挨拶すべき方がいますので、…失礼致しますわ』と小さな声音で告げ、椅子に座っている私のほうに向かって真っ直ぐに歩いてくる。
誰に挨拶をするとは言ってないけれども、彼女の視線の先には私しかいない。
だから女性達もラミアを引き止めなかった。
これから起きる何かを期待しているのだろう。
彼女は私に挨拶をすることを口実にあの場から逃れることを選んだようだ。
それはあの状況の彼女にとっては最善策かもしれないが、愚策とも言える。
新たな話題を自ら提供しているのだから。
でも彼女にはそこまで考える余裕がなかった。
私を巻き込む意味を考えられないほど精神的に追い込まれていたのだろう。
…確かに酷い言われようだった。
でもね、もう少し考えて欲しかったわ。
私を盾にする前に……。
ラミアに同情はしない。
今ここに立つことを選んだのは彼女自身。
こうなることを承知でここに来ているのなら、彼女だけで乗り越えるべき問題なのだ。
そこに前妻である私を巻き込むべきではない。
ラミアはほっとした表情を浮かべ、まるで知人に挨拶に来るかのように歩いて来る。
その足取りは軽い。
悪いとは思っていないのだろうか…。
きっとそんなことよりもあそこから離れられた安堵しかないのだろう。
こんな形で会うなんて…。
会うことは覚悟のうえで夜会に参加はしたけれども、こんな利用される形で再会はしたくなかった。
でも彼女はすぐ目の前まで来ている、もう避けることは出来ない。私は重い腰を上げ、彼女を微笑みながら迎え入れるしかなかった。
「ダイソン伯爵夫人、御機嫌よう」
完璧な微笑みを浮かべ、私はラミアに自分から優雅に挨拶をしてみせた。
己の才覚で存在を見せつけ、相手に侮られないようにすることも求められる。
それは爵位が高ければ高いほど必要になること。
そうでなければ高位貴族に相応しくないとみなされ社交界で相手にされなくなる。
他国の男爵家出身のラミアにとっては辛い状況だろう。
足りないものを補う為に彼女はダイソン伯爵家で暮らし始めた時から一生懸命に学んでいたが、高位貴族が生まれた時から叩き込まれるものを平民に近い暮らしをしていた男爵令嬢がすぐに身につけられるわけがない。
でも彼女の振る舞いから、彼女なりに今日まで最大限の努力をしていることは分かる。
礼儀作法・動作・イントネーションなど、私が知っている以前の彼女とは格段に違うから。
それでも高位貴族に求められるレベルにはまだ達していないのも事実。
これが普通の手順で他国から嫁いで来た男爵令嬢なら『初々しい花嫁だ』と周りも見守るように接していただろうが、状況がそれを許さない。
みんな彼女を『ダイソン伯爵夫人として付き合うべき相手か』と見極めようと試しているのだ、殊更厳しく…。
彼女にはまだまだ足りない部分はある。
囲まれながら反論の一つもまともに出来ていないのがその最たるもの。
それでも今の彼女が出来る唯一のこと『笑顔で耐え続けること』を実践できているのだから、今はそれだけで及第点と思っていいだろう。
無様な反論をして返り討ちにあうよりは、ひたすら耐えたほうが傷は浅くて済むのだから。
彼女は彼女なりに頑張っていることは伝わってくる。引きこもるほうが楽だが、夫エドワードと息子ケビンの為に『ダイソン伯爵夫人』として、この社交の場に自ら出てきている覚悟からもそれは窺える。
ラミアのその姿勢は素晴らしいとは思う。
ただ逃げるだけではなにも変えられないから。
でも私は彼女の現状がどうであろうと自ら関わるつもりはない。
ラミア達がいる場所は私から少し距離もあるし、周りの貴族たちもあえて私にラミアの存在を知らせる愚か者はいない。
ヒューイの今までの対応が素晴らしかったお陰だろう。
だからこのまま接触せずに済ませるはずだった。
だがその集団から目を逸らす時にラミアと一瞬目が合ってしまう。
それは本当に偶然で視線の交わりに意味などなかった。
しかし彼女は私の存在を認識すると、なぜかほっとしたような表情を見せる。
気まずげな表情でも、いたたまれない表情でもなく、私を見て安堵の表情…?
私が助けることを期待しているのだろうか。
そんなことを私に求めてしまうほど追い詰められているのだろうか。
…確かにそうなのかもしれない。
彼女の笑顔はぎこちなくなっているから。
酷いと思われようが助けるつもりはないので、私は何もしなかった。
するとラミアは周りを取り囲む女性達に『私から挨拶すべき方がいますので、…失礼致しますわ』と小さな声音で告げ、椅子に座っている私のほうに向かって真っ直ぐに歩いてくる。
誰に挨拶をするとは言ってないけれども、彼女の視線の先には私しかいない。
だから女性達もラミアを引き止めなかった。
これから起きる何かを期待しているのだろう。
彼女は私に挨拶をすることを口実にあの場から逃れることを選んだようだ。
それはあの状況の彼女にとっては最善策かもしれないが、愚策とも言える。
新たな話題を自ら提供しているのだから。
でも彼女にはそこまで考える余裕がなかった。
私を巻き込む意味を考えられないほど精神的に追い込まれていたのだろう。
…確かに酷い言われようだった。
でもね、もう少し考えて欲しかったわ。
私を盾にする前に……。
ラミアに同情はしない。
今ここに立つことを選んだのは彼女自身。
こうなることを承知でここに来ているのなら、彼女だけで乗り越えるべき問題なのだ。
そこに前妻である私を巻き込むべきではない。
ラミアはほっとした表情を浮かべ、まるで知人に挨拶に来るかのように歩いて来る。
その足取りは軽い。
悪いとは思っていないのだろうか…。
きっとそんなことよりもあそこから離れられた安堵しかないのだろう。
こんな形で会うなんて…。
会うことは覚悟のうえで夜会に参加はしたけれども、こんな利用される形で再会はしたくなかった。
でも彼女はすぐ目の前まで来ている、もう避けることは出来ない。私は重い腰を上げ、彼女を微笑みながら迎え入れるしかなかった。
「ダイソン伯爵夫人、御機嫌よう」
完璧な微笑みを浮かべ、私はラミアに自分から優雅に挨拶をしてみせた。
89
お気に入りに追加
6,806
あなたにおすすめの小説
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
旦那様に離縁をつきつけたら
cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。
仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。
突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。
我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。
※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。
※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。
私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。
田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。
結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。
だからもう離婚を考えてもいいと思う。
夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる