上 下
20 / 57

20.頻繁な訪問①

しおりを挟む
ヒューイ様は院長との話を終えて出てくると、孤児院を時間を掛けて見て回っていた。
子供達や手伝いに来ている人に質問をしながら熱心に何かを記入にしてる。

一通り見終わると『それではまた』と挨拶もそこそこに彼は足早に王都へと戻っていた。

彼のような地位の高い貴族は騎士でない限り移動に馬車を使用するのが普通だが、彼は自ら馬に乗って帰っていた。

それも護衛もなくたった一人で。


彼は文官出身の側近だが、武官と互角、いやそれ以上の腕前を持っているという話は本当だったようだ。


 本当に…凄い人ね。
 それに良い意味で噂と違っていたわ。


去っていく彼の後ろ姿を子供達と一緒に見送りながらそう思っていた。

きっと王宮務めの彼とはもう会うことはないだろう。

それを少し残念に思う私。


親しかった間柄でないけれども、彼との偶然の再会に心が弾んでいた。

その理由は子供達や私に対しての彼の態度だ。

彼は孤児達を憐れんだり、見下したりはしなかった。それどころか対等に扱ってくれた。それは人として当然のことだが、それが出来ない貴族は案外多い。

それにダイソン伯爵の親戚である彼は私がここにいる理由も全て知っているはず。
でもそのことに一切触れずに笑ってくれた。

嘲笑ではなく、心からの笑みを浮かべて…。


それがとても嬉しかった。



エドワードとの離縁後は『記憶喪失の夫に捨てられた妻』という目で見られることがほとんど。
特に関わり合いの少なかった人は不躾な視線を隠そうともしない。

表面上は気にしないふりをしていたけれども、実際にはどんなに心ない態度に傷ついたことか…。


でもヒューイ様はを見てくれていた。
従兄弟の元妻でも、可哀想な令嬢でもなく、ただのマリア・クーガーだけを。


 ふふふ、みっともない私だったけどね…。


あの再会を思い出すと正直恥ずかしい。でも嫌な気持ちは全く残っていない。

不思議なほどに彼はここに優しさしか残さなかった。

そしてそれは私だけでなく子供達も温かい気持ちにさせてくれた。


もう会うことはないのが残念だと思うほどに、私は彼に心から感謝していた。






そして、あの偶然の再会から一ヶ月後。
ヒューイ様は毎週のように孤児院を訪ねてくるようになったのだ。


どうやらこの孤児院の運営方法を直に学び、国全体に広めていくことになったらしい。
それはこの領を治めるクーガー伯爵家にとっても大変に誇らしいことで、全面的に協力をしていく方針だった。


でもなぜ彼のような側近がその役に抜擢されたのだろうか。
最初の訪問は王太子からの直接の命だったのだろうが、その後の運営方法を学ぶ為に派遣されるのは彼のような重要な地位にある側近ではなく、その下の者でも十分事足りるはず。

いや、国の仕組みを考えればその方がむしろ自然だろう。


そう思って世間話のついでにで彼に尋ねてみた。

「ヒューイ様ではなく他の方が来られることはないのですか?」


この問いに深い意味などないし、極々簡単な質問のつもりだった。

だからすぐに返事が貰えると思っていたけれども、彼はしばらく沈黙したまま。
心なしか顔色が悪くなっている気がする。

 
 どうしたのかしら…。
 ヒューイ様、具合が悪い?


『体調が悪いのですか?』と尋ねる前に彼が口を開く。


「俺がここに来ることは王太子の許可も取ってあるので、他の者が来ることはにありません。
マリア嬢は俺では不満ですか……」

前半部分はきっぱりと、後半部分はなぜか声が小さくなっている。

もしかしたら国策に関わる聞いてはいけないことを私は聞いてしまったのかもしれない。

「そんなことはありません!ヒューイ様が来てくださって喜んでおりますわ」

慌ててそう言うと彼は『みんなですか…、安心しました』と言いながら複雑そうな表情を浮かべている。

やはり国策に関わる言えないことがあったのだろう。彼の表情を見てそう思った。

安易に尋ねてしまって悪かったなと反省し、この件に関しては私から尋ねることはしなかった。





だがしばらく経った頃『俺で不満はないですか…?』と真顔で聞かれた。

「ええ、ございません。どうしてそんなことを尋ねるんですか?」

「…この前、他の者がこちらに来ることをマリア嬢は望んでいたようなので……」

どうやら私の言葉を『ヒューイ様ではない人が来ればいいのに』と彼は誤解にしていたようだ。

私は慌てて訂正をする。

「申し訳ありません、あれはそんな意味ではなく、ただヒューイ様ほどの人がここまで毎週来るのは大変なのではないかと思って聞いただけでして」

「はっはは…そうだったんですか、良かった」

私の言葉を聞いて安心したのか彼は照れながら破顔している。

まるで少年のように。


彼の新たな一面を知り、彼のことがとても身近に感じられる。
そんな彼に『ヒューイ様って全然近寄りがたくなんてありませんね、ふふ』と私は自然に笑い掛けていた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】二度目の人生に貴方は要らない

miniko
恋愛
成金子爵家の令嬢だった私は、問題のある侯爵家の嫡男と、無理矢理婚約させられた。 その後、結婚するも、夫は本邸に愛人を連れ込み、私は別邸でひっそりと暮らす事に。 結婚から約4年後。 数える程しか会ったことの無い夫に、婚姻無効の手続きをしたと手紙で伝えた。 すると、別邸に押しかけて来た夫と口論になり、階段から突き落とされてしまう。 ああ、死んだ・・・と思ったのも束の間。 目を覚ますと、子爵家の自室のベッドの上。 鏡を覗けば、少し幼い自分の姿。 なんと、夫と婚約をさせられる一ヵ月前まで時間が巻き戻ったのだ。 私は今度こそ、自分を殺したダメ男との結婚を回避しようと決意する。 ※架空の国のお話なので、実在する国の文化とは異なります。 ※感想欄は、ネタバレあり/なし の区分けをしておりません。ご了承下さい。

〖完結〗記憶を失った令嬢は、冷酷と噂される公爵様に拾われる。

藍川みいな
恋愛
伯爵令嬢のリリスは、ハンナという双子の妹がいた。 リリスはレイリック・ドルタ侯爵に見初められ、婚約をしたのだが、 「お姉様、私、ドルタ侯爵が気に入ったの。だから、私に譲ってくださらない?」 ハンナは姉の婚約者を、欲しがった。 見た目は瓜二つだが、リリスとハンナの性格は正反対。 「レイリック様は、私の婚約者よ。悪いけど、諦めて。」 断った私にハンナは毒を飲ませ、森に捨てた… 目を覚ました私は記憶を失い、冷酷と噂されている公爵、アンディ・ホリード様のお邸のベッドの上でした。 そして私が記憶を取り戻したのは、ハンナとレイリック様の結婚式だった。 設定はゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全19話で完結になります。

【完結】そんなに怖いなら近付かないで下さいませ! と口にした後、隣国の王子様に執着されまして

Rohdea
恋愛
────この自慢の髪が凶器のようで怖いですって!? それなら、近付かないで下さいませ!! 幼い頃から自分は王太子妃になるとばかり信じて生きてきた 凶器のような縦ロールが特徴の侯爵令嬢のミュゼット。 (別名ドリル令嬢) しかし、婚約者に選ばれたのは昔からライバル視していた別の令嬢! 悔しさにその令嬢に絡んでみるも空振りばかり…… 何故か自分と同じ様に王太子妃の座を狙うピンク頭の男爵令嬢といがみ合う毎日を経て分かった事は、 王太子殿下は婚約者を溺愛していて、自分の入る余地はどこにも無いという事だけだった。 そして、ピンク頭が何やら処分を受けて目の前から去った後、 自分に残ったのは、凶器と称されるこの縦ロール頭だけ。 そんな傷心のドリル令嬢、ミュゼットの前に現れたのはなんと…… 留学生の隣国の王子様!? でも、何故か構ってくるこの王子、どうも自国に“ゆるふわ頭”の婚約者がいる様子……? 今度はドリル令嬢 VS ゆるふわ令嬢の戦いが勃発──!? ※そんなに~シリーズ(勝手に命名)の3作目になります。 リクエストがありました、 『そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして』 に出てきて縦ロールを振り回していたドリル令嬢、ミュゼットの話です。 2022.3.3 タグ追加

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

白のグリモワールの後継者~婚約者と親友が恋仲になりましたので身を引きます。今さら復縁を望まれても困ります!

ユウ
恋愛
辺境地に住まう伯爵令嬢のメアリ。 婚約者は幼馴染で聖騎士、親友は魔術師で優れた能力を持つていた。 対するメアリは魔力が低く治癒師だったが二人が大好きだったが、戦場から帰還したある日婚約者に別れを告げられる。 相手は幼少期から慕っていた親友だった。 彼は優しくて誠実な人で親友も優しく思いやりのある人。 だから婚約解消を受け入れようと思ったが、学園内では愛する二人を苦しめる悪女のように噂を流され別れた後も悪役令嬢としての噂を流されてしまう 学園にも居場所がなくなった後、悲しみに暮れる中。 一人の少年に手を差し伸べられる。 その人物は光の魔力を持つ剣帝だった。 一方、学園で真実の愛を貫き何もかも捨てた二人だったが、綻びが生じ始める。 聖騎士のスキルを失う元婚約者と、魔力が渇望し始めた親友が窮地にたたされるのだが… タイトル変更しました。

【完結】見ず知らずの騎士様と結婚したけど、多分人違い。愛する令嬢とやっと結婚できたのに信じてもらえなくて距離感微妙

buchi
恋愛
男性恐怖症をこじらせ、社交界とも無縁のシャーロットは、そろそろ行き遅れのお年頃。そこへ、あの時の天使と結婚したいと現れた騎士様。あの時って、いつ? お心当たりがないまま、娘を片付けたい家族の大賛成で、無理矢理、めでたく結婚成立。毎晩口説かれ心の底から恐怖する日々。旦那様の騎士様は、それとなくドレスを贈り、観劇に誘い、ふんわりシャーロットをとろかそうと努力中。なのに旦那様が親戚から伯爵位を相続することになった途端に、自称旦那様の元恋人やら自称シャーロットの愛人やらが出現。頑張れシャーロット! 全体的に、ふんわりのほほん主義。

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。 公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。 そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。 ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。 そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。 自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。 そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー? 口は悪いが、見た目は母親似の美少女!? ハイスペックな少年が世界を変えていく! 異世界改革ファンタジー! 息抜きに始めた作品です。 みなさんも息抜きにどうぞ◎ 肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

処理中です...