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19.思わぬ再会②

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そこにいたのはマイル侯爵家の嫡男ヒューイ様だった。マイル侯爵家はダイソン伯爵家の親戚で彼とエドワードは従兄弟の間柄だ。

当然私も彼とは面識があるけれども、口数の少ない彼とは必要最低限の会話しかなかったと記憶している。


誰に対しても口数の少ない彼は『王太子の寡黙な側近』として周りから評されており、硬派で近寄り難い印象を持たれている。もちろん私もそう思っていた。


その彼が今、私の目の前で大きな身体を小刻みに震えさせながら笑いを堪えて…というより『クックック…』と声が漏れているので完全に笑っている。

その様は寡黙とはほど遠い。

  
 …そんなにおかしいですか。
 ええ、そうですよね…。
 こんなボロボロの令嬢は初めてですよね。
 …………。


なぜ自分が笑われているか心当たりがあり過ぎる。
確かに面白いだろうが、そんなにあからさまに笑わなくてもと思い、声音が自然と低くなってしまうのは許して欲しい。


「……ヒューイ様。なにか面白いことがございましたか…」

彼に近づき、分かりきっていることを敢えて尋ねてみる。

「…っ、す、すまない。面白いからではなくて、とても楽しげな様子が可愛いらしいと思ってつい…。
マリア嬢、気分を悪くさせたなら謝ろう」

悪気が感じられない素直な謝罪に、自分も大人気ない口調だったと少し反省する。

そもそも笑われるような真似をしていたのは私自身で、子供達だって私を見て無邪気に笑っていた。
だから彼も不可抗力というものだ。


「こちらこそ申し訳ございません。貴族令嬢にあるまじき恥ずかしい格好を見られたのでつい自分のことを棚に上げてヒューイ様に失礼な態度を取ってしまいました」


私の謝罪に『いいや、こちらがいけなかったのだから…』と言うヒューイ様。

お互いに一歩も引かずに謝罪を繰り返していると、ゲイルが口を出してくる。


「なんだよ、大人のくせに話がグルグルしているだけじゃん。そんなんじゃ目が回ってしまうよ、マリア先生と…厳ついおっさん?」


侯爵家の跡取りで王太子の側近をおっさん呼ばわりするゲイル。それも嬉しそうに…。

「なんてことを言うの、ゲイル!」

ゲイルに悪気はないことをは十分承知している。
でも貴族のなかには平民の気安い態度を侮蔑だと許さない人もいる。それが子供だとしても不敬だと罰する者もいるのが現実。

その場が一瞬で静まる。

私はゲイルの代わりに許しを請おうと慌てて口を開くがその言葉は途中で遮られる。


「申し訳ござい、」

「はっはっは、なかなか鋭い坊主だな。
確かにこのままでは私もマリア嬢も目が回って倒れていただろう。いいタイミングで止めてくれて助かったよ、ありがとうな坊主!」

「坊主じゃないよ、俺はゲイルって言うんだ。厳ついおっさん!」

子供らしく生意気なゲイルに対してヒューイ様が怒ることはなかった。それどころか目を細めて楽しげだ。

「ゲイルか良い名だな。私は厳ついおっさんではなくてヒューイだ。よろしくな、ゲイル」


そう言ってヒューイ様は柵越しに自ら手を差し出し、ゲイルの泥だらけの手とガッチリと握手をする。


お互いに『男同士の友情の証だ』と言いながら笑っている。

 
ヒューイ様のいきなりの登場とゲイルとの握手まで意味が分からない。

でも最悪な方向へ行っていないのは確かなので、取り合えす安堵しているとヒューイ様が私に話し掛けてきた。

「今日はここに視察を申し込んでいるんだ。
国内には数多くの孤児院があるが、クーガー伯爵領にある孤児院出身者はみな良い環境だったと口を揃えて言っている。
そもそも孤児院の経営自体はどの領も同じ水準を保っているはずなのに、何が違うのか確認しに来たんだ」


ヒューイ様は王太子の側近の一人だ。きっと国の改革に力を注いでいる王太子の命を受けここにやって来たのだろう。彼がここにいる理由に納得する。

「遠路はるばるご苦労さまです、ヒューイ様。
では院長のところにご案内しますわ。どうぞなかにお入りください」


私が門の鍵を開けると『ありがとう、マリア嬢』と言ってヒューイ様はなかへ入ってきた。

子供達はゲイルと彼のやり取りを見て大丈夫な人だと判断したのだろう。容赦なく彼を取り囲み『ヒューイおじさん!』と言って興味津々といった様子で遠慮なく話し掛ける。

侯爵家の者をおじさん呼びとは有りえない。

私が慌てて子供達の呼び方を正そうとしたら、それを察したヒューイ様に『構わないから』と目線で止められた。


そして彼は歩きながら一人一人に丁寧に答え続ける。その表情は自然で子供達の態度を不快に思っていないことが窺える。


その様は私が知っていたヒューイ様とは全く違うもの。そもそもちゃんと話したことがないので人柄を知る機会もなかったのだが。


 こんなによく笑う人だったのね。
 もっと冷たい人かと思っていたけど…。
 

彼が子供に向ける屈託ない笑顔を見ていたら、私が今まで抱いていた『寡黙な側近』という冷たい印象は院長室に着くまでに完全に消えてなくなっていた。

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