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6.失望する①〜息子視点〜

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僕にとって父さんは憧れで身近にいる大きな目標でもあった。

家では母さんと僕を『俺の宝物だ』と言いながら抱きしめてくれる優しくて温かい人だけど、仕事では騎士団の副団長を任されている凄い人だった。


『ライのお父さんってかっこいいよね』と友達からも羨ましがられて、本当に自慢の父だった。


三年前男爵になった時に大きな家に引っ越して使用人がいる生活になっても全然偉そうにしないで、なにも変わらなかった。
田舎から出てきた両親の友人とも前と同じように付き合い『お前は爵位があっても全然変わらないな』と笑いながら言われるほどだった。

貴族になるといきなり付き合いが悪くなる人もいると聞いていた僕は父さんに質問したことがある。

『父さん、男爵って偉いのでしょ?
それなのにどうして変わらないの?もっと偉そうにしなくていいの?』

『ライ、爵位があるから偉そうにするなんて馬鹿げているよ。人は中身が大切なんだ、爵位はただの肩書にすぎない。男爵になっても父さんは父さんだ、何も変わってない。
だから偉そうにするのは間違っているんだ』

きっぱりとそう言う父さんは凄く格好いい大人に見えた。
見た目や生活は地味だけど、でもそんなことは関係なくすごく大きな存在に見えた。

なんだか周りの人が父さんを慕っている理由が分かった。母さんが笑いながらいつも言っている『トウイは世界一ね』っていう意味も分かった。

 
 すごい!父さんは本当にかっこいいい。
 身分をちらつかせて威張ってる大人じゃないんだ。
 なんていうか、すごくいいよ!


これが僕の父さんだって誰に対してもいつでも胸を張って言えた。
そして将来は父さんみたいな立派な人になるんだと思っていた。その為に勉強だってお手伝いだって一生懸命頑張っていた。

 


あの時までは…。




あれは学校帰りのことだった。友人の家にちょっとだけ寄り道をしていつもと違う裏道を一人で歩いていると遠くに騎士服を着た父さんの姿が見えた。


 あれ、父さんはこんなところで仕事かな。
 珍しく見回りをしているのかな?


父さんは騎士なので街を巡回して治安を守ることも大切な仕事の一つだ。ただ副団長になると巡回する機会は少ないと言っていた気がする。

よく見るともう一人小柄な女性騎士が隣りにいるようだった。新人の巡回に付き合っているのかなとその時の僕は思った。

父さんは隣りにいる騎士の方に顔を向けているのでまだ僕には気づいていない。
『父さん!』と大きな声で声を掛けようと思ったけど止めた。

ちょっと悪戯をしてみたくなったのだ。


 よし、驚かせよう。
 こんなところに僕がいると思っていないからびっくりするだろうな。
 へへへ、僕に会えて喜んでくれるかな。


ただの子供の思いつきだった、そこに深い考えなんてなかった。

僕は父さんを驚かせたくて木の陰に隠れて二人がこちらに向かって歩いてくるのをワクワクしながら待っていた。

近くに来たら飛び出して驚かせるつもりだった。
周りに人影はないので『うわぁっ!』と大声を出しながら飛び出しても誰の迷惑にもならないはずだ。

近づいてくる足音を聞きながら飛び出す頃合いを見計らっていると、二人の声が聞こえてきた。

最初は小さな声なので言っている内容までは分からなかった。
だけどだんだんその声ははっきりと言葉として僕の耳へと入ってきた。


『今日も私のところに寄ってくれるでしょう?あなたの為に美味しいワインを買ってあるの一緒に飲みましょうよ。ねぇ~、いいでしょう?お願いよ、トウイ』

粘っこい嫌な声で女性騎士が僕の父さんに話しかけている。子供の僕でもそれがただの同僚としての酒の誘いではないことぐらい分かった。
媚びたような声で父さんの名前を呼び捨てにして誘いをかけている女の人に腹が立った。

気付かれないように木の陰からそっと覗き見るとその女の人はベタベタと父さんの逞しい腕を触っていた。

 
 なんだよっ、あれ!
 ベタベタ触って、気持ち悪い!
 父さんが優しいからってなに勘違いしてるんだ。
 やめろよ、早く離れろ。
 お前なんて父さんに怒られちゃえ!


父さんは優しいからその人を突き飛ばさないんだと思った。

でもすぐにその勘違い女性騎士を怒鳴りつけるはずだ。真面目で愛妻家の父さんがこんな図々しい態度を放置するはずがない。

父さんの顔は木の枝で見えなかったけど、怒っていることは簡単に想像できた。


早くこの嫌な人を上司として𠮟り飛ばす声を聞きたかった。けれどもいくら待っても期待した声は聞こえてこなかった。
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