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6.届かぬ想い

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***サマンサ視点***

カイルが学園を卒業した後は以前と比べて会う回数は増えていった。きっとエミリー様と別れたので顧みなかった婚約者に費やす時間が出来たのだろう。


私を愛しているなんて勘違いしない、彼は婚約者への義務を果たそうとしているだけ。

それでも彼の訪問を待ち遠しく感じる。



政略で婚約者となった私を前にして彼はとして誠実であろうと努力しようとしている。良き婚約者であろうと歩み寄ってくれているのが分かる。

それは愛情からでなく恋人と別れて時間が出来たからに過ぎないが、それでも十分に嬉しいと思えた。

愛がなくても協力し合える関係を築こうとしている、その事実だけでも胸が熱くなる。

私の秘めたる愛はまだ続いている、自分でも不思議だがこの想いは簡単に消えるものではないらしい。

彼が初恋である私はこの気持ちを上手く切り替える方法を知らない。



 どうせ報われない想いなのに…。
 なぜこんなに想い続けるのかしら。
 どうして愛することを諦められないのかしら。

 ここから生まれるものなどなにもないのに。
 私は何を求めているのだろうか。

 この行き着く先に何があるのだろうか…。 



彼が私と向き合ってくれる嬉しさと報われない想いの虚しさを抱え、政略の婚約者として彼と真っ直ぐに向き合う。


『サマンサが学園を卒業後すぐに婚姻を結びたいと考えている。それまでに貴女のことをもっと知りたいと思っているし、私のことも知って欲しいと思っている。
学園に通って忙しいのに申し訳ないとは思うが、どうかその時間を作ってはくれないか…』

始まりはそんな言葉だった。

婚約者として前向きな申し分のない誘いなのに、彼はどこか自信なさげに話してくる。

いつも堂々としている学園での彼しか知らなかったから少しだけ驚いた。彼でもこんな表情をするのかとなんだか可笑しかった。

そして私にそんな一面を見せてくれたことが、少しだけ彼に近づけた気がして嬉しかった。


クスッと押さえきれなかった笑い声が口から出てきて、自然と笑みが溢れる。

『サ、サマンサ。私は…なにか変なことを言っただろうか…』

ますます情けない表情になって慌てているカイルは叱られた子供のように私を見つめてくる。
その様は大きな体をした子犬のようで可愛かった。

私を愛してくれない酷い人だけど少年のような純粋さを持つ彼にますます惹かれてしまう。

やはりこの想いは止められない。 


『ふふ、いいえ変なことなどなにもありません。
申し訳ありません、意味もなく笑ってしまって。
素晴らしい申し出ありがとうございます、ぜひお互いを知る時間を作りましょう。よろしくお願いします、カイル』

『ああ、こちらこそよろしく頼む…サマンサ』

そう言って笑った彼の顔には今まで見たなかで最高の笑顔を浮かんでいた。



それからカイルは子爵家の仕事の合間を見つけては私との時間を作ってくれるようになった。

まるで今までの埋め合わせをするかのように。
きっとそういう意味合いも含まれているのだろうが、私はそれに気づかないふりをした。どんな思惑があろうと穏やかな今の時間を大切にしたい。

彼が変わったことに私の両親は安堵し、私だって喜びを見出しているのだから、なにも無理やり暴き立てることはないのだ。


 どうか秘めたる想いを抱くことだけは許してください。
 愛されなくてもいいから。
 
 ただ傍にいさせて欲しいだけなの。
 それ以上は望まないわ。
 
 いいの…分かっているの。
 …これは政略のうえで成り立つ関係だわ。
 
 心までは求めないわ。
 …それは私のものではないから。


彼から貰えるものは愛ではなくてもいい、夫婦として信頼でもいいから。
多くは望まない。今彼は傍にいようと努力してくれている、その事実だけでいい。


手が届かないものを嘆くより、小さな幸せを大切に守っていこう。


彼の口から愛を伝える言葉は出てくることはないけれど、思いやりに満ちた優しい言葉を紡いでくれる。

穏やかに流れていく時間を失いたくないから、私も秘めたる想いを決して言葉にはしない。

ただ一番優しい声音で彼に応える。

これが私が出来る最大限のこと。

今まで生きてきたなかでこの時間が一番愛しい。これが生涯で最高の時となるのか、それともこれ以上の幸せを得られるのか分からないけど…。


正面に座るカイルを見ながら微笑むと、彼も私を見つめ優しげに微笑んでくれていた。

『サマンサ、なにか嬉しいことがあったのかい?』

『ええ、とても素敵なことが。でも秘密なの、話しては魔法が解けてしまうから、ふふふ』

『君がそんな風に笑っているのだから、とても素敵なことなんだろうね』

私達は顔を見合わせ笑い合う。

この穏やかな時間が続きますようにと願わずにはいられない。









***カイル視点***

エミリーと別れてからサマンサに真摯に向き合っている。出来るだけ時間を作り足繁く彼女のもとに通う私をサマンサは受け入れてくれた。

彼女も私がエミリーと別れたことは知っているようだがその話題に触れては来ない。婚約者の元恋人の存在など不愉快でしかないだろうから私から話すこともない。

彼女に不快な思いをさせたくないという思いも本心だが、それ以上に彼女から軽蔑の眼差しを向けられることを恐れた。

自分でも呆れるくらいサマンサに対しては臆病になる。

散々蔑ろにしていたくせに『よく思われたい、嫌われたくない』と縋ってしまいそうになる。

どの面を下げてそんなことを言ってるんだと心のなかで自分に悪態をつきながら、今日もそっと彼女の表情を窺う。


 嫌がってはいないだろうか…。
 無理をさせてないか…。

 隣りにいてもいいだろうか…こんな私が。


もし彼女の表情に『拒絶』を見つけても受け入れる準備などないくせに、愚かな私はサマンサの表情から気持ちを探ろうとしてしまう。


そんな挙動不審な私の態度に気づくと彼女は溢れるような笑みを浮かべ『どうしました?…カイル』と少しだけ首を傾げながら優しくて訊ねてくる。

 
その表情に拒絶や嫌悪はない。
安堵しながらも自分勝手にもしやと期待してしまう私はどこまで愚かなことか。


 何を勘違いしているんだっ。
 これは婚約者への礼儀だ、彼女の優しさだ。
 愛ではないだろう。

 あんな形で愛されることを拒んだくせに…。
 今更愛してると言っていいわけがないっ。



都合よく考えて愛を押し付けては駄目だ。
優しい彼女を追い詰めてはいけない。

今の私に許されるのはサマンサが心を開いてくれるのを待つことだ。



愚かな行いの代償は大きかった。

手を伸ばせば簡単に触れることが出来るほど近くに心から愛する人がいるのに、愛を囁くことすら出来ない。

だがそれは私が背負い続けていく罰でもある。

…間違えたのは私だ。

だから今度こそ間違えない。



今日も彼女と一緒に穏やかな時間をすごしている。
他愛もない会話も彼女とならば至福の時となることを知った。

これが愛というものなのだろう。
君に出会えて私は大切なものを知った。


『…ありがとう、サマンサ』

今この場にいてくれる彼女が愛しくて堪らない、愛を囁く代わりに感謝の言葉を口にする。
少しだけ驚いたように目を見開いたあと、鈴を転がすように笑ってくれる。


『ふふふ、いきなりどうしたんですか。おかしなカイル』

そう言って微笑んでくれる彼女の隣にいられるなら、私はいつまでも待つことが出来る。

たとえ私の愛が伝わらなくても…。
彼女の心に私への愛が宿らなくても…。

このまま時間を重ねていければそれでもいいと思っていた。




けれども運命は残酷だった。

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