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25.嫌われる勇気②

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 ルークライと私が同じ養い親のもとで育ち、彼が私を妹のように思っているのは魔法士ならみな知っていること。だから、タイアンに悪気はないのは分かっている。
 
 でも、わざわざ付け加えないで欲しかったな……。

 まだ失恋の傷は塞がっていないのだ。

 ふるふると頭を振って気持ちを切り替えてから、おそるおそる口を開く。

「言った途端に、首とか困るんですけど」

「横暴な上官に私は見えるのですね。そんなつもりはなかったんですが。……反省します」

悲しそうに項垂れるタイアンに焦ってしまう。

「全然見えません! タイアン魔法士長は上官の鑑です」

「そうですか? では、それが事実だと証明して私の憂いを晴らしてください。さあ、心置きなく本音でどうぞ」

「……っ……」

 上手く誘導して逃げ場をなくしてくるなんて、タイアンの王族らしい部分を見た気がした。もう観念するしかないだろうけど、その前に大切なことを確認する。
 
「不敬罪で捕まるのも嫌なんですけど……」

「他言しないとお約束します。それに、たかが世間話ごときで捕まえていたら民の半分以上が牢屋行きになってしまいます。そう思いませんか? リディア」

 ……うん、その通り。

「では、遠慮なく世間話をします。もし婚約の話が事実ならとても残念です」

「一国の王女が元平民と結ばれるのは、いかがなものかという意味でしょうか? 彼では王女に相応しくないと」

 彼はいつも通りの穏やかな口調で聞いてきた。
 ふたりが婚約したら、当然そういう声は上がるだろう。ルークライがいくら優れた魔法士だとしても出自は重要だ。
 これから私は不敬なことを口にする。でも、これだけははっきりさせたい。

「逆です。ルークライ・ディンセンにザラ王女様は相応しくありません。彼女は今日のことを軽く考えていたと思います。確かに私が折れればそこで終わった話です。ですが、人を貶める行為を深く考えずに行うなんてあり得ません。あっ、深く考えても駄目ですけど」

「私も同感です。では、ルークライに忠告してあげたらどうですか?」

 タイアンはそうすべきだという目で私を見据えてくる。

 ……それは違うと思う。

 タイアン曰く、王女はルークライに熱を上げている。そして、ルークライは大切な人のために叙爵を受けると言っていた。ふたりは相思相愛なのだ。

「私がどう考えようと、それは一個人の感想です。ふたりの仲に――」

「亀裂を入れるようなことはしたくない……ですか?」

「はい、そうです」

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやらと言いますから、正しい判断でもありますね」

 もうこの話を終わりにしたい私が歩調を速めると、彼はぴったりとついくる。

「では聞きますが、これがルークではなくて、例えばローマンだったらどうですか?」

「ローマンですか……」

「はい、そうです、あなたの同期で大切な友人でもある彼です。あなたは何も言わず、彼が不幸になるかもしれない未来から目を逸らして祝福しますか?」

 考えるな、思ったまま答えろと言うように、彼は矢継ぎ早に質問してきた。

 瞬時に浮かんだ答えはノーだった。
 キューリが私に忠告したように、彼に言う自分が想像できた。もちろん、傷つけないように気をつけながら。

「何ででしょうか? 私、ローマンだったら言う気がします」

「さあ、なぜでしょうか?」

 彼は答えを教えてくれない。
 私は考える、ふたりの違いを。

 ルークもローマンも私にとって大切な人だ。どちらにも幸せになって欲しい。それは本当。なのに、片方には忠告して、もう片方には言わない。

 ああ、そうか……。

 
――私は自分のために言おうとしないのだ。


 忠告したことでローマンに煙たがられたとしても、私は耐えられる。でも、ルークにだけは絶対に嫌われたくない。……だから、ずっと無理して妹のままでいる。

ルークは私にとって特別な人。

幸せになって欲しいと願いながら、口を閉ざそうとする。思いと行動が矛盾してしまう。
 
私の足はいつの間にか止まっていた。

「答えは出たみたいですね。嫌われる勇気も時には必要ですよ」

 嫌われる勇気、……私に持てるだろうか。

 ルークライのことを思えば言うべきだろうけど、もう口を利いてもらえなくなるかもしれない。

 それは嫌だな……。
 
 できれば他の誰かに任せたい。そうだ、すぐ近くに適任者がいるではないか。私よりも王女のことを知っていて、私よりも上手に伝えられる人が。期待を込めた眼差しをタイアンに向ける。

「タイアン魔法士長はどうして言わないのですか?」

「私はもう十分嫌われてますから」

「誰にですか?」

「ルークライにです。っと、噂をすればですね。明日は朝が早いので報告書は後日で構いません」

 タイアンは冗談を言うと踵を返して去っていった。このあとは王族としての公務があるのだろう。

 私の荷物を持ってルークライが近づいてくる。どうやら待ってくれていたようだ。王女付きの侍女が私を呼びに来た時、彼は部屋で報告書を書いていた。
 気になったのは私か、それとも呼び出した想い人か。きっと開口一番ザラ王女のことを尋ねてくるのだろう。数秒後に起こる未来を思うと気が沈む。


 ……そうだ、もし私だったら今日、勇気を出して言おう。 

 弱虫な私は勝算のない賭けをする。これで今日は嫌われることはないとホッとしながら、彼の言葉を待った。

「リディ、お腹空いただろ? ほら、飯食って帰ろう。いつものところでいいよな。勿論、俺の奢りだぞ」

「う、うん。ありがとう、ルーク兄さん」

 ……なのに私は賭けに勝ってしまった。 
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