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14.ショウタイ②〜シャロン視点〜
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「……ロン……シャロン?」
「……っ……」
リディアが心配そうに私――シャロンを見ていた。なんと返事をしていいか分からず、目を彷徨わせたあと俯いた。
上手く丸め込もうとしたのに正論をかざしてきたから、つい怒りに任せてあんなことをしてしまった。
これでは丸め込めむどころではないわ。お父様やお母様に告げ口をされるかもしれない。どうすればいいの……。
テーブルを叩いた上手い言い訳など浮かんでこなかった。
もう婚約の話どころではない。この振る舞いを大袈裟に――いいえ、ありのままマーコック公爵家に伝えられたら、私の立場はない。ガラガラと足元が崩れていく、そんな感覚に襲われる。
「シャロン、顔を上げて。大丈夫だから」
私は将来を悲観し震えながら顔をあげる。
「顔色が真っ青だわ。ごめんなさい、あなたの気持ちを考えずに」
「……わ、私の気持ち……」
彼女が何を言っているのか分からなかった。私の顔を覗き込むようにしてリディアは話を続ける。
「本当は好きな人がいるのではなくて? でも、あなたは公爵令嬢としてこの政略結婚を潰すようなことは出来ない。だから、私がケイレブ様と婚約してくれたら万事上手く収まると期待していた。それなのに、私は婚約はしないと言った。公爵令嬢としての矜持と自分の想いに挟まれて苦しくて、だから思わずテーブルを叩いてしまったのでしょ?」
「……はい、そうです」
私は弱々しく答えながら、なんてお人好しなのだろうと歓喜していた。
あの行動をなぜか私の都合の良いように解釈して、そのうえ同情までしている。
私は嬉しくて嬉しくて笑い声が漏れ出そうになる。慌てて俯いたけれど、小刻みに肩が揺れてしまった。
「シャロン、無理しないで。泣くほど悩んでいるのなら、この話は一旦保留にしましょう。ね?」
「お姉様はそれで良いの? 何も聞かないの?」
尋ねたのは形だけ。お人好しの答えなんて決まっているもの。さあ、欲しい言葉を私にちょうだい、お姉様。
「聞かないわ。誰にだって話せないことはあるもの。これだけは信じて欲しいの。私は婚約を望まないけど、あなたが犠牲になるのも望んでいないわ。あなたがどうしたいか答えが出たあとにまた話し合いましょう」
「……あ、ありがとう、お姉様」
私は目に涙を溜めて完璧な演技を披露してみせる。リディアは疑ってもいない。おかしくて、おかしくて、また肩が揺れてしまう。
私はあなたの犠牲にはならない。でも、あなたは私の犠牲になってね。
両手で彼女の手を握りながら、心のなかで笑っていた。
私は五歳の時に自分の意思とは関係なく公爵令嬢になった。それはもう必死だった。身代わりは本物以上にならないと認められないから。努力の甲斐あってこうなった――身も心も公爵令嬢に。
なのに、本物のシャロンが帰ってきた。血が繋がっているというだけで愛されて、私という存在を脅かす。
お父様、以前のように私を褒めて。
お母様、以前と同じく私に笑いかけて。
お兄様、あの子ではなく私を見て……。
私へ向けられる愛情が日に日に減っていくのを感じた。それでも、私は嫌な顔ひとつせず我慢した。だって、私は公爵令嬢だから。それ以外の自分なんて覚えない。
ここしか居場所はなかった。
なのに、なのに……あの子は私が欲して止まないもの横から掠め取っていった。
本物が帰ってきてから二ヶ月後のある日。お兄様を驚かそうとそっと近づいていった。
『……シャロン、愛している』
聞こえてきたのは熱い想いが込められた私への告白。嬉しくて涙を流した。
同じ想いだったなんて。お兄様――いいえ、ノア、私も愛しています。
私は今までと違った未来を夢見た。マーコック公爵令嬢はもうひとりいる。それならケイレブに嫁ぐのは私でなくともいいと。
私が近くにいるとは知らない兄は白いハンカチに口づけた。それは『リディア』と刺繍の入ったものだった。
兄の恋情は血の繋がった妹に向けられていたのだ、私ではなくて……。
私はただ、ただ、ひとりで泣いた。それ以外に出来ることがなかったから。
兄は自分の気持ちを決して表には出さなかった。でも、いつその想いが溢れてしまうとも限らない。
そんなことは絶対にさせない、私が彼を守ってみせる。
私は悩んで、悩んで、正解を見つけた。
リディアとケイレブを結婚させよう。そうしたら、兄も諦める。いいえ、それだけでは甘いわ。……そう、私が兄と結婚すればいい。彼の気持ちが禁忌に向かないように、一生寄り添ってあげよう。愛されなくとも……。
――私は正しいことをしている。
私とリディアが手を握っていると、外から鈴を転がすような笑い声が庭園に届いた。
「あれは、ザラ様の声ですわ」
私達は木々の間を進んで庭園から地上を見下ろした。そこには、王女と濡れ鴉が並んで立っていた。何を話しているのかまでは聞こえないけれど、ザラ王女が楽しそうなのだけはその笑い声から伝わってきた。
あら、そうなのね……。
リディアの横顔は私がよく知っているものだった。愛しているけど愛されていない――そんな惨めな顔。毎日鏡に映った自分を見ているのだから間違えようがない。
これを利用しない手はない。
「大切な用事とは、逢瀬のことだったのですね。おふたりはお似合いですわ。ふふ、本当は秘密なんですけど、お姉様には特別に教えて差し上げます。実はザラ様と彼は近々婚約するんですよ」
「えっ? でも、ルークは平民だわ」
リディアはやはり彼に片想いしている。その声には動揺が表れていた。
私はふたりしかいないのに、リディアの耳元に口を寄せる。大切な内緒話をするかのように。
「叙爵されるらしいです。秘めていた恋が実るなんて、素敵ですわね。これでもう周囲の目を気にすることなく会えますもの」
「……おふたりはいつからなの?」
「ザラ様からは、だいぶ前からお話を聞いておりますけど、はっきりいつかは分かりません。気になりますか? お姉様」
「…………いいえ」
「そうですよね。だって、お姉様には関係ないことですから」
本当は付き合ってなどいない。ザラ王女が一方的に熱を上げているだけ。でも、叙爵は本当の話。
たぶんザラ様は、叙爵されてからなし崩し的に婚約を結ぼうとしているのだろう。強引なあの方ならやりそうなことだ。
さあ、お姉様。あなたの愛する人はもう他の人のもの。諦めて平凡な幸せを選んでくださいませ。ケイレブなら叶えてくれますから。
「……っ……」
リディアが心配そうに私――シャロンを見ていた。なんと返事をしていいか分からず、目を彷徨わせたあと俯いた。
上手く丸め込もうとしたのに正論をかざしてきたから、つい怒りに任せてあんなことをしてしまった。
これでは丸め込めむどころではないわ。お父様やお母様に告げ口をされるかもしれない。どうすればいいの……。
テーブルを叩いた上手い言い訳など浮かんでこなかった。
もう婚約の話どころではない。この振る舞いを大袈裟に――いいえ、ありのままマーコック公爵家に伝えられたら、私の立場はない。ガラガラと足元が崩れていく、そんな感覚に襲われる。
「シャロン、顔を上げて。大丈夫だから」
私は将来を悲観し震えながら顔をあげる。
「顔色が真っ青だわ。ごめんなさい、あなたの気持ちを考えずに」
「……わ、私の気持ち……」
彼女が何を言っているのか分からなかった。私の顔を覗き込むようにしてリディアは話を続ける。
「本当は好きな人がいるのではなくて? でも、あなたは公爵令嬢としてこの政略結婚を潰すようなことは出来ない。だから、私がケイレブ様と婚約してくれたら万事上手く収まると期待していた。それなのに、私は婚約はしないと言った。公爵令嬢としての矜持と自分の想いに挟まれて苦しくて、だから思わずテーブルを叩いてしまったのでしょ?」
「……はい、そうです」
私は弱々しく答えながら、なんてお人好しなのだろうと歓喜していた。
あの行動をなぜか私の都合の良いように解釈して、そのうえ同情までしている。
私は嬉しくて嬉しくて笑い声が漏れ出そうになる。慌てて俯いたけれど、小刻みに肩が揺れてしまった。
「シャロン、無理しないで。泣くほど悩んでいるのなら、この話は一旦保留にしましょう。ね?」
「お姉様はそれで良いの? 何も聞かないの?」
尋ねたのは形だけ。お人好しの答えなんて決まっているもの。さあ、欲しい言葉を私にちょうだい、お姉様。
「聞かないわ。誰にだって話せないことはあるもの。これだけは信じて欲しいの。私は婚約を望まないけど、あなたが犠牲になるのも望んでいないわ。あなたがどうしたいか答えが出たあとにまた話し合いましょう」
「……あ、ありがとう、お姉様」
私は目に涙を溜めて完璧な演技を披露してみせる。リディアは疑ってもいない。おかしくて、おかしくて、また肩が揺れてしまう。
私はあなたの犠牲にはならない。でも、あなたは私の犠牲になってね。
両手で彼女の手を握りながら、心のなかで笑っていた。
私は五歳の時に自分の意思とは関係なく公爵令嬢になった。それはもう必死だった。身代わりは本物以上にならないと認められないから。努力の甲斐あってこうなった――身も心も公爵令嬢に。
なのに、本物のシャロンが帰ってきた。血が繋がっているというだけで愛されて、私という存在を脅かす。
お父様、以前のように私を褒めて。
お母様、以前と同じく私に笑いかけて。
お兄様、あの子ではなく私を見て……。
私へ向けられる愛情が日に日に減っていくのを感じた。それでも、私は嫌な顔ひとつせず我慢した。だって、私は公爵令嬢だから。それ以外の自分なんて覚えない。
ここしか居場所はなかった。
なのに、なのに……あの子は私が欲して止まないもの横から掠め取っていった。
本物が帰ってきてから二ヶ月後のある日。お兄様を驚かそうとそっと近づいていった。
『……シャロン、愛している』
聞こえてきたのは熱い想いが込められた私への告白。嬉しくて涙を流した。
同じ想いだったなんて。お兄様――いいえ、ノア、私も愛しています。
私は今までと違った未来を夢見た。マーコック公爵令嬢はもうひとりいる。それならケイレブに嫁ぐのは私でなくともいいと。
私が近くにいるとは知らない兄は白いハンカチに口づけた。それは『リディア』と刺繍の入ったものだった。
兄の恋情は血の繋がった妹に向けられていたのだ、私ではなくて……。
私はただ、ただ、ひとりで泣いた。それ以外に出来ることがなかったから。
兄は自分の気持ちを決して表には出さなかった。でも、いつその想いが溢れてしまうとも限らない。
そんなことは絶対にさせない、私が彼を守ってみせる。
私は悩んで、悩んで、正解を見つけた。
リディアとケイレブを結婚させよう。そうしたら、兄も諦める。いいえ、それだけでは甘いわ。……そう、私が兄と結婚すればいい。彼の気持ちが禁忌に向かないように、一生寄り添ってあげよう。愛されなくとも……。
――私は正しいことをしている。
私とリディアが手を握っていると、外から鈴を転がすような笑い声が庭園に届いた。
「あれは、ザラ様の声ですわ」
私達は木々の間を進んで庭園から地上を見下ろした。そこには、王女と濡れ鴉が並んで立っていた。何を話しているのかまでは聞こえないけれど、ザラ王女が楽しそうなのだけはその笑い声から伝わってきた。
あら、そうなのね……。
リディアの横顔は私がよく知っているものだった。愛しているけど愛されていない――そんな惨めな顔。毎日鏡に映った自分を見ているのだから間違えようがない。
これを利用しない手はない。
「大切な用事とは、逢瀬のことだったのですね。おふたりはお似合いですわ。ふふ、本当は秘密なんですけど、お姉様には特別に教えて差し上げます。実はザラ様と彼は近々婚約するんですよ」
「えっ? でも、ルークは平民だわ」
リディアはやはり彼に片想いしている。その声には動揺が表れていた。
私はふたりしかいないのに、リディアの耳元に口を寄せる。大切な内緒話をするかのように。
「叙爵されるらしいです。秘めていた恋が実るなんて、素敵ですわね。これでもう周囲の目を気にすることなく会えますもの」
「……おふたりはいつからなの?」
「ザラ様からは、だいぶ前からお話を聞いておりますけど、はっきりいつかは分かりません。気になりますか? お姉様」
「…………いいえ」
「そうですよね。だって、お姉様には関係ないことですから」
本当は付き合ってなどいない。ザラ王女が一方的に熱を上げているだけ。でも、叙爵は本当の話。
たぶんザラ様は、叙爵されてからなし崩し的に婚約を結ぼうとしているのだろう。強引なあの方ならやりそうなことだ。
さあ、お姉様。あなたの愛する人はもう他の人のもの。諦めて平凡な幸せを選んでくださいませ。ケイレブなら叶えてくれますから。
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