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8.浮かび上がる絵①〜ルークライ視点〜

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 寮を後にした俺――ルークライはその足で、王宮から少し離れた借家に帰った。
 制服を脱ぐ時間さえ惜しい。
 詰め襟のフックを外し首元だけ緩めると、王宮を出る間際に受け取った報告書に目を通し始める。


 あの舞踏会があった後、マーコック公爵令嬢シャロンと同じく令息ノアについての調査を依頼した。
 高位貴族の屋敷に仕える使用人は、身元がしっかりしているだけあって口が固い。主人の不利になるようなことは漏らしたりしない。だが、それなりの金を握らせたら世間話はしてくれる。

 高い金を払って集めた情報は、案の定他愛もない話ばかりだった。彼らの忠義心には感心する。


 だが、ひとつひとつに意味はなくとも、上手に繋げていったら予期せぬ絵が浮かび上がってくることもある。

 今日、ケイレブから話が聞けたことは幸運だった。酒を浴びるように飲ませた俺が言うのも何だが、酔って本音を漏らした彼は優秀とは言えないだろう。観察眼は期待出来そうにないが、嘘は吐いていないと判断した。

 まあ、人畜無害な貴族ってところだな。
 
 俺は彼の話と照らし合わせながら、書かれている内容を注意深く取捨選択していった。



 一時間後。浮かび上がってきた予想外の絵に、思わず言葉が漏れた。

「まさか、一も二もだったなんてな」

 シャロンの狙いは義理の兄であるノア・マーコックで間違いないだろう。

 使用人達が語った、シャロンの些細な仕草、何気ない言動、微かな変化。すべての場面に立ち会った者はいないから誰もその違和感に気づかない。

 だが、点を結んで浮かび上がった絵は、彼女が異性として義兄を慕っていると示している。

 表に出てきたのはここ半年ほどか……。

 ケイレブの一年前という話と誤差はあるが不自然ではない。婚約者という近しい間柄だったからこそ気づいたのだ。泥酔しなければ、そこそこ優秀なのかもしれない。


 公爵令息は伯爵令息よりも好条件。かつ、好いた相手でもあったら乗り換えたくもなるだろう。

 シャロンは政略結婚に前向きだったとケイレブは言っていた。たぶん、それは事実だ。
 つまり、彼女が変わるきっかけは本物の公爵令嬢――リディア――の帰還と考えるのが妥当である。

 欲が出たのか、それとも化けの皮が剥がれたのか。

 本物の公爵令嬢である姉に泣く泣く婚約者を譲ったという体にすれば、シャロンは周囲から同情される。いや、健気だと称賛の声さえあがるだろう。
 その後に養子縁組を一度解消し義兄と婚約を結んでも、悲劇のヒロインを責める者はいない。

――そんな筋書きが透けて見えてくる。

 マーコック公爵夫妻は養女を愛しているから、傷心の彼女が『この家にずっといたいの。だから……』とでもお願いしたら断らないだろう。むしろ歓迎するかもしれない。法的には何ら問題はない行為なのだ。

 愛する養女が息子と結ばれたら、晴れて本物の家族となれる。それも、本物の娘もまた、誕生した時に決まっていた婚約者と結ばれるという美談つきで。


 ふっ、ひとりの犠牲で大団円というところか。



 俺は立ち上がって、部屋にある酒をグラスに注ぎと喉を潤す。

 浮かび上がった絵に嵌め込まれるのをリディアは望んでいない。彼女は毅然と断るだろう。もしマーコック公爵家側が権力を振りかざし押さえ込もうとしたら、その時には裏で俺が動けばいい。

 予想外とはいえ、ここまでは単純な話だ。

 懸念はノア・マーコックである。彼は何を考え、どんな役割を果たしているのか。


 タイアンは気に食わないが、その忠告は信用に値する。彼は自分が不利な立場になろうとも嘘は吐かない。

 彼の忠告を受けてノアのことも調べたのだが、点と点を繋げても彼に表立った変化は浮かんでこない。

 マーコック公爵家次期当主として期待されている優秀な嫡男。婚約者はいないが瑕疵があってのことではない。リディアの口からも優しい兄としか聞いていないが、もしかして秘密裏にシャロンと繋がっているのか。相思相愛だったならばそれもあり得る。

 報告書には使用人が見た事実しか載っていない。可能性ならいくらでもあって、相思相愛もそのひとつに過ぎない。
 
 ……俺の考えすぎという可能性もあるな。


 舞踏会での彼の見て見ぬふりは、どちらかの味方になるのを避けたかったのかもしれない。
 


「とりあえずは様子見だな」

「何が様子見なんですか? ルークライ」

 独り言に対して声が返ってきた。
 建て付きの良い玄関の戸は訪問者の存在を知らせなかったのだ。鍵を掛けていなかったことが悔やまれる。

「こんな夜更けに何の用ですか、タイアン魔法士長」

「大家の特権です。『貸主は借主立ち会いの下、物件が正常に使用されているか確かめる権利を有す。日時については貸主に決定権がある』と、君が署名した契約書に明記されていたはずですよ」

 彼は微笑みながら諳んじてみせた。嫌味な奴だ。

 俺に彼を追い出す権利はないが、歓迎する義務もない。聞えよがしに舌打ちしてみせる。……が、彼は気にもとめなかった。勝手知ったる他人の家という様子で、棚の奥に隠すように置いてある上等な酒をグラスに注ぐと、ソファで寛ぎ始める。

「とりあえず、乾杯ですね」

「……」

人の気も知らないで――いや、彼は知っていて楽しんでいるのだ。


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