上 下
6 / 62

6.意外な告白

しおりを挟む
「もう駄目……。一歩も歩けない、動けない」

 机に突っ伏していると、隣の席に座っている老魔法士がなにかを机の上に置いた音がする。スーとする匂いが漂ってくる。

「まだ若いのに痛ましいことじゃ。ほれ、儂が愛用している湿布をあげよう。腰にピタッと貼り付くからいいぞ」

「ありがとうございます。でも、ただの疲労なので」

「遠慮するんじゃないぞ♪ リディア」

 老魔法士の語尾がなぜか弾んでいる。魔法士の中で腰痛は彼だけで、この苦労は儂にしか分からんと日頃から嘆いていた。きっと、分かち合える仲間が出来たと思っているのだ。でも、人の不幸を喜んでは駄目だろう。


「してません。疲労です」

 私は机に置かれた湿布を、ズズッと隣の机に押し返した。



 あの舞踏会から半月が経った。その間、一日も休みがなく今日に至る。

 魔法士の主な任務は要人の警護である。
 王族などが他国の使者と会うときに側に控えて、何かあったら防御の盾で王族の身を囲うのだ。
 発動時間や強度や囲える範囲は、魔法士の能力によって大きな差がある。でも、それは公表していない。暗殺者に手の内を晒すことになるからだ。

 ここ半月、各国の使者や王族の訪問が立て続けにあった。魔法士は人数が少ないから、寝る暇もないほど忙しかったのだ。

 今日の仕事を終えた私は、自分の机に辿り着くなり崩れ落ちた。外はもう真っ暗だ。いつもは寮にある共同の小さな台所で自炊するのだけど、もう気力は残ってない。

 ……このまま机になりたい。

 なぜ魔法士は防御しか出来ないのか。もっと有意義なことに使えたらいいのにと思っていたら、靴音が私の前で止まった。


「リディ、疲れているようだな。一緒に食事でもどうだ? 美味しいものを食べて元気を出せ」

 顔だけあげたら、ルークライが立っていた。私が突っ伏す前はいなかったから、今戻って来たばかりだろう。その顔に疲れが見えないのは、実力の差だ。

「行きたいな。……けどお金がないから」

 マーコック公爵家から援助は受けていない。お金で繋がる関係は嫌なので私から断ったのだ。一人暮らしをするにあたっていろいろ物入りだったので、魔法士になって一年目の私に金銭的ゆとりはない。

「俺の奢りだ」

「えっ、いいの?!」

「舞踏会での埋め合わせだ。だが、高いところじゃないぞ。それでもいいか?」

「もちろん。ありがとう、ルーク兄さん」



 ルークライが連れてきてくれたところは、王宮近くにある酒場だった。値段が手頃なのに美味しい食事を出してくれると評判のお店で、夜遅い時間帯にもかかわらず多くの人で賑わっていた。


「乾杯」

「かんぱーい!」

 葡萄酒が入ったグラスを合わせるのはたぶん、これで五度目だ。疲れが溜まっていたからなのか、今日は酔いが回るのが早い。
 目の前に座るルークライは同じ量を飲んでいるのに全然酔っていない。こういう人をなんて言うんだっけ?

 うーん……。そう、あれだ!

 
「ルーク兄さんはサルだよね」

「ふっ、それを言うならザルだろ?」

「ん? そうだったかな……」

 ケラケラと笑う私を、彼は楽しそうに見ている。何がそんなに楽しいのだろうか。そうか、私が酔っぱらいだからだ。どんな理由であれ、彼が嬉しいと私も嬉しい。
 
 ご機嫌のまま、私はグラスに入っている葡萄酒を飲み干す。
 注文しようと、お店の人を目で探すと、半月ほど前に会った人物――ケイレブと目が合った。彼は王宮文官として仕えていると話していた。仕事帰りに同僚と飲みに寄ったみたいだ。

 呼んでもいないのに、彼は千鳥足で私達のテーブルにやって来る。

「シャロン嬢、奇遇ですね~」

 そう言うと、ルークライの隣に勝手に腰を下ろしてしまった。私以上に酔っ払っているようだ。

「聞いてくだしゃい! 僕はシャロンとなんて結婚なんてしたくにゃいんです」

 私だってしたくないと反論しようとすると、ルークライに手で止められた。

「シャロンってここにいるリディのことか?」

「だから、シャロンでしゅよ。リディア嬢なんて言ってましぇん!」

 ケイレブはお酒で口が滑らかになるタイプらしい。この機会に情報収集に励もうと、お酒を注文して彼に飲ませ続ける。

三十分後、思惑通りに上機嫌な酔っぱらいが誕生した。

「養女であるシャロン嬢のことを愛しているんじゃないのか?」

 呂律が怪しい私に代わってルークライが質問した。その隣で私はうんうんと頷いている。

「ラブじゃなくてライクれす。ただの幼馴染みれすからー。あっちもそうれすよ」

「だが結婚する気はあったんだろ?」

「ありましたけど、一年前くらいからシャロンの様子が変わったんれしゅよ。モウモウ困ったにゃんですよ~」

 よくぞ聞いてくれましたという感じで、彼は調子よく喋り続ける。そして、すべて吐き出し終わると、また千鳥足で元いた席に戻っていった。


 酔っ払いの頭で酔っ払いの話を理解するのは難しい。うーんと考え込んでいると、察したルークライが口を開いた。

「ケイレブとシャロンは貴族の義務として政略結婚に前向きだった。だから、周囲も彼らが愛し合っていると思いこんでいた。だが、彼女は一年前くらいから婚約に前向きでなくなったらしい。彼曰く、リディと婚約するように陰でしきりに勧めているようだ。口止めをしつつな」

 彼は様子を窺うように私を見る。話に追いつけているかどうか確認しているのだ。
 動物の鳴き声がないから、すっと頭に入ってくる。

 私が頭の上で丸を作ると、彼はふっと笑ってから続ける。

「政略を受け入れている彼としては、どっちと結婚しても構わなかった。だが、マーコック公爵家の事情に巻き込まれる形になってうんざりしてきている。立場上、口が裂けても言えないが、正直、この話を白紙に戻して平凡な政略結婚相手を見つけたいと思っている。以上だが、本当かどうかは分からん」

 うん、とってもよく分かった。

 でも、分かったことによって、分からなくもなった。

「シャロンは彼と婚約しないで、その後はどうするつもりなのかな……」

「一、もっと好条件の相手と婚約する。二、何もかも捨てて好いた相手と結ばれる。貴族の令嬢なら一が妥当な線だな」

 シャロンとの話は当たり障りのないことだけだった。なので、彼女がどう思っているかは分からない。

 ただ、二だったら素敵だなと思う。舞踏会での言動も、それが理由だったら許せる気がする。
 でも、きっとそれはない。彼女はマーコック公爵令嬢である自分に誇りを持っているから。私と違って……。


 頬杖をつきながらいろいろ考えていると、ゆっくりと瞼が閉じていく。もう起きていられそうにない。
 いつの間にか誰かが隣にいたので、ごめんなさいと心のなかで謝ってからその人の肩を借りた。誰かが優しく髪を撫でてくれている。とても懐かしい感じ。

 ああ、そうか、ルーク兄さんだ。


――彼は知らない。


 私の初恋は途切れることなくまだ続いていることを。

 ルークライは何度もこう言ってくれていた――『大切な妹だ』と。だから、私は妹のふりをするの。これからもずっと……ずっと……。



「おやすみ、リディ」

 子供の時から変わらない口づけが髪に落とされた。彼の吐息を感じる。
 さり気なく顔を少しだけあげて待ってみたけど、優しく髪を撫でられるだけだった。

 
 ……大好きよ、ルークライ……。
しおりを挟む
感想 346

あなたにおすすめの小説

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

(完結)だったら、そちらと結婚したらいいでしょう?

青空一夏
恋愛
エレノアは美しく気高い公爵令嬢。彼女が婚約者に選んだのは、誰もが驚く相手――冴えない平民のデラノだった。太っていて吹き出物だらけ、クラスメイトにバカにされるような彼だったが、エレノアはそんなデラノに同情し、彼を変えようと決意する。 エレノアの尽力により、デラノは見違えるほど格好良く変身し、学園の女子たちから憧れの存在となる。彼女の用意した特別な食事や、励ましの言葉に支えられ、自信をつけたデラノ。しかし、彼の心は次第に傲慢に変わっていく・・・・・・ エレノアの献身を忘れ、身分の差にあぐらをかきはじめるデラノ。そんな彼に待っていたのは・・・・・・ ※異世界、ゆるふわ設定。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

処理中です...