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2.血の繋がった親切な他人
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あの時の感動は心に刻み込まれている。いろんな意味で、忘れたくとも忘れられない。おかしな話だけど、あの瞬間が一番家族らしかったな。
そんなことを思いながらぼんやりしていると、クルッと華麗に回ったシャロンと視線があってしまう。
あっ、しまった……。
慌てて物陰に隠れようとするが、彼女は私に気づかなかったようで、楽しそうに踊り続けていた。
シャロンの顔に浮かぶ可憐な笑みから目が離せなくなる。私と初めて会った時もあんな顔をしていた。
『シャロンと申します、お姉様』
『縁戚から十二年前に引き取った子よ。義妹と仲良くしてあげてちょうだいね、シャロン』
母から紹介された子は、私と同じ髪色、同じ瞳、同じ年、そして同じ名前だった。ここまでくれば、偶然の一致なんてあり得ない。
……この子は私の身代わりだ。
『こちらこそよろしくお願いします。あの……、私もシャロンです』
私は申し訳なく思っていた。これから彼女が傷つくことが容易に想像できたから。たぶん、引き取った際に改名されたのだろう。でも、本物が帰ってきたからには、また名前が変わる。
可憐な笑みを曇らせるのが自分という存在だと思うと、心が痛んだ。
しかし、それは杞憂に終わった。
『大人の都合でまた名を変えるなんて可哀想だと思うの。幼子だったときとは違うから。だからね、シャロン。義妹が同じ名でもいいかしら? あっ、もしあなたが嫌なら変えるわ。あなたの正直な気持ちを教えて』
母に尋ねられた私は『同じでも構いません』と小さな声で返事をした。義妹が可哀想だから……ではない。
血が繋がった家族とは言え、ついこの間まで他人だった。遠慮せずに振る舞ってと言われても、そんなの無理だった。
だって、嫌われたくないもの……。
義妹が家族から大切にされているのは十分すぎるほど伝わっていた。
シャロン・マーコックが二人。さぞや屋敷内は混乱するだろうと思った。だって『シャロン様』と呼ばれたら、二人とも振り向いてしまうのだから。
でも、そんなことはなかった。
義妹を呼ぶ時はその声音に親しみが込められていた。一方、私を呼ぶ時は大切な客人に接するかのように、一字一句丁寧なものだった。使用人だけでなく、両親も兄も。
淋しかったけど、何も言えなかった。
でも、いつかは変わると信じて一生懸命に努力した。公爵家に相応しい娘になるように、彼らを失望させないように。
昼間は魔法士見習いとして仕え、それ以外の時間は貴族としての教養、礼儀作法、踊りなどにあてた。
あの頃の私は兎に角必死だった。でも、いつまで経っても私と彼らの関係は同じだった。
なんと表現すればいいのだろう。……そう、血の繋がった親切な他人がしっくりくる。
シャロンはとても素直で良い子だった。
もし彼女を憎めたら、私はまだあちら側で頑張っていたかもしれないと、華やかに踊る人達を目に映す。
でも、憎むという捌け口すらなかった私は勝手に追い詰められていった。
そして、決定打となったのは、ある晩、耳にしてしまった母の言葉だ。
ある日、ホワイト伯爵家の嫡男ケイレブがマーコック公爵邸を訪れた。彼はマーコック公爵令嬢の婚約者だと紹介されたので、てっきり義妹の婚約者なのだと思った。でも、そうではなかった。
マーコック公爵とホワイト伯爵は旧知の仲で、互いの子供を婚約させようと口約束していた。
ケイレブが誕生しその一年後私が生まれ、この時点で口約束は有効となった。だが、私が行方知れずとなりそれは白紙に。その四年後、シャロンが養女となり新たなマーコック公爵令嬢が誕生した。つまり、口約束の要件を満たしたのだ。
王家に正式な届け出こそ出していないが、ケイレブとシャロンはお互いに将来結婚するものと思っていた。もちろん、周囲も。
そこに、行方知れずだったもう一人のシャロンが現れた。
ホワイト伯爵令息は一人、なのにマーコック公爵令嬢は二人。
『これからの交流を見て、どちらと婚約を結ぶか決める』と言われた。ケイレブとシャロンも素直に頷いていたが、どう見ても邪魔者は私だった。
そんな気遣いなんて必要ないのに……。
シャロンとケイレブの婚約を心から祝福できる。それを早く伝えたかった。だから、私はいつもなら自室で就寝の準備をしている時間に、両親がいるであろう居間に向かった。
その時の私は、家族の憂いを私が払うことによって、家族との距離が近づくのではと期待していた。まさか、あんな言葉を聞いてしまうなんて思ってもいなかったから。
『……今更あの子が見つかるなんて……』
扉越しに聞こえてきた母の声に、私は動けなくなった。あの子とは私のことだと分かったから。
『……うっうぅ、こんな仕打ちあんまりです。シャロンとケイレブはあんなに仲睦まじいのに』
『姉を差し置いて、シャロンを優先するわけにはいかない。可哀想なことをしたと思っているが、シャロンは納得してくれた。それどころか姉を婚約者にしてあげてと、自分が身を引こうとしているくらいだ』
『ええ、本当にシャロンは素晴らしい子だわ』
シャロンへの賛美を聞き流しながら、そっと自室へ戻っていった。
そっか、……そうだよね……。
母が漏らした最初の一言が、私の中で張り詰めていた糸を断ち切った。
母はいつでも優しかった。私の拙い所作にも『あなたはあなたのままで良いのよ』と微笑んでくれた。
たぶん、無理をしていたのだ。……私のように。
そして、父も兄も心のうちに言えない想いを抱えているに違いない。
十六年という空白を埋められると思っていたから、ずっと頑張ってこられた。でも、……もう無理。
本物以上の身代わりがいたのだから埋めるはずの空白など元からなかった。その事実に気づいてしまったから。
これ以上傷つきたくないと思った。
――だって、私は悪くない。
それ以上に、家族を嫌いになりたくなかった。
――……だって私の家族……だから。
その数週間後。
十八歳になった私は王宮魔法士として正式に採用され、それと同時に寮に移り住んだ。
家族からは猛反対されたけど、私は頑として譲らなかった。家族と距離を置くために、初めて我儘を口に出来たのは皮肉なことだ。
それから勝手に通称をリディアに戻した、私らしくいるために。
シャロンじゃなくて、王宮の鴉リディア――それが今の私。
そんなことを思いながらぼんやりしていると、クルッと華麗に回ったシャロンと視線があってしまう。
あっ、しまった……。
慌てて物陰に隠れようとするが、彼女は私に気づかなかったようで、楽しそうに踊り続けていた。
シャロンの顔に浮かぶ可憐な笑みから目が離せなくなる。私と初めて会った時もあんな顔をしていた。
『シャロンと申します、お姉様』
『縁戚から十二年前に引き取った子よ。義妹と仲良くしてあげてちょうだいね、シャロン』
母から紹介された子は、私と同じ髪色、同じ瞳、同じ年、そして同じ名前だった。ここまでくれば、偶然の一致なんてあり得ない。
……この子は私の身代わりだ。
『こちらこそよろしくお願いします。あの……、私もシャロンです』
私は申し訳なく思っていた。これから彼女が傷つくことが容易に想像できたから。たぶん、引き取った際に改名されたのだろう。でも、本物が帰ってきたからには、また名前が変わる。
可憐な笑みを曇らせるのが自分という存在だと思うと、心が痛んだ。
しかし、それは杞憂に終わった。
『大人の都合でまた名を変えるなんて可哀想だと思うの。幼子だったときとは違うから。だからね、シャロン。義妹が同じ名でもいいかしら? あっ、もしあなたが嫌なら変えるわ。あなたの正直な気持ちを教えて』
母に尋ねられた私は『同じでも構いません』と小さな声で返事をした。義妹が可哀想だから……ではない。
血が繋がった家族とは言え、ついこの間まで他人だった。遠慮せずに振る舞ってと言われても、そんなの無理だった。
だって、嫌われたくないもの……。
義妹が家族から大切にされているのは十分すぎるほど伝わっていた。
シャロン・マーコックが二人。さぞや屋敷内は混乱するだろうと思った。だって『シャロン様』と呼ばれたら、二人とも振り向いてしまうのだから。
でも、そんなことはなかった。
義妹を呼ぶ時はその声音に親しみが込められていた。一方、私を呼ぶ時は大切な客人に接するかのように、一字一句丁寧なものだった。使用人だけでなく、両親も兄も。
淋しかったけど、何も言えなかった。
でも、いつかは変わると信じて一生懸命に努力した。公爵家に相応しい娘になるように、彼らを失望させないように。
昼間は魔法士見習いとして仕え、それ以外の時間は貴族としての教養、礼儀作法、踊りなどにあてた。
あの頃の私は兎に角必死だった。でも、いつまで経っても私と彼らの関係は同じだった。
なんと表現すればいいのだろう。……そう、血の繋がった親切な他人がしっくりくる。
シャロンはとても素直で良い子だった。
もし彼女を憎めたら、私はまだあちら側で頑張っていたかもしれないと、華やかに踊る人達を目に映す。
でも、憎むという捌け口すらなかった私は勝手に追い詰められていった。
そして、決定打となったのは、ある晩、耳にしてしまった母の言葉だ。
ある日、ホワイト伯爵家の嫡男ケイレブがマーコック公爵邸を訪れた。彼はマーコック公爵令嬢の婚約者だと紹介されたので、てっきり義妹の婚約者なのだと思った。でも、そうではなかった。
マーコック公爵とホワイト伯爵は旧知の仲で、互いの子供を婚約させようと口約束していた。
ケイレブが誕生しその一年後私が生まれ、この時点で口約束は有効となった。だが、私が行方知れずとなりそれは白紙に。その四年後、シャロンが養女となり新たなマーコック公爵令嬢が誕生した。つまり、口約束の要件を満たしたのだ。
王家に正式な届け出こそ出していないが、ケイレブとシャロンはお互いに将来結婚するものと思っていた。もちろん、周囲も。
そこに、行方知れずだったもう一人のシャロンが現れた。
ホワイト伯爵令息は一人、なのにマーコック公爵令嬢は二人。
『これからの交流を見て、どちらと婚約を結ぶか決める』と言われた。ケイレブとシャロンも素直に頷いていたが、どう見ても邪魔者は私だった。
そんな気遣いなんて必要ないのに……。
シャロンとケイレブの婚約を心から祝福できる。それを早く伝えたかった。だから、私はいつもなら自室で就寝の準備をしている時間に、両親がいるであろう居間に向かった。
その時の私は、家族の憂いを私が払うことによって、家族との距離が近づくのではと期待していた。まさか、あんな言葉を聞いてしまうなんて思ってもいなかったから。
『……今更あの子が見つかるなんて……』
扉越しに聞こえてきた母の声に、私は動けなくなった。あの子とは私のことだと分かったから。
『……うっうぅ、こんな仕打ちあんまりです。シャロンとケイレブはあんなに仲睦まじいのに』
『姉を差し置いて、シャロンを優先するわけにはいかない。可哀想なことをしたと思っているが、シャロンは納得してくれた。それどころか姉を婚約者にしてあげてと、自分が身を引こうとしているくらいだ』
『ええ、本当にシャロンは素晴らしい子だわ』
シャロンへの賛美を聞き流しながら、そっと自室へ戻っていった。
そっか、……そうだよね……。
母が漏らした最初の一言が、私の中で張り詰めていた糸を断ち切った。
母はいつでも優しかった。私の拙い所作にも『あなたはあなたのままで良いのよ』と微笑んでくれた。
たぶん、無理をしていたのだ。……私のように。
そして、父も兄も心のうちに言えない想いを抱えているに違いない。
十六年という空白を埋められると思っていたから、ずっと頑張ってこられた。でも、……もう無理。
本物以上の身代わりがいたのだから埋めるはずの空白など元からなかった。その事実に気づいてしまったから。
これ以上傷つきたくないと思った。
――だって、私は悪くない。
それ以上に、家族を嫌いになりたくなかった。
――……だって私の家族……だから。
その数週間後。
十八歳になった私は王宮魔法士として正式に採用され、それと同時に寮に移り住んだ。
家族からは猛反対されたけど、私は頑として譲らなかった。家族と距離を置くために、初めて我儘を口に出来たのは皮肉なことだ。
それから勝手に通称をリディアに戻した、私らしくいるために。
シャロンじゃなくて、王宮の鴉リディア――それが今の私。
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