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58.二人の始まり【本編完結】

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「上に立つ者達は下に尽くすのが責務だ。そして下は与えられるものを享受するだけの弱い存在ではない。己で考え、上に立つ者達が間違えたら意見しなくてはいけない。それが支え合うということだ。だから今回のことで困難に直面しても誰一人として無関係な者はいない、民も然りだ。無関係だったという者は己の責務を放棄していたに過ぎない。だから自分の一人で背負い込む必要はない」
「ありがとう、レザ」

レザが言ったことはまさに正論。
彼ならばこう言うだろうと思っていた。

でもその正しい言葉が頭では理解していても、私の心の中で何かが変わることはない。

 
「どんなに正しいことを言われても、君は自分を許せないのだろうな…」

私の表情だけから察したわけではないのだろう。
正論ではどうにもならないと彼も分かっていたのだ。…人の気持ちは簡単ではないから。


「許さないわ。…許して欲しいとも思えない」
「…そう言うと思ったよ」

一人で背負っていくしかないことだ。
覚悟して選んだ道だから後悔していない。そういう運命だともう受け入れている。


レザは机の上で握りしめている私の手に向かって、静かに手を伸ばしてくる。
その大きな手で私の手を包み込むけれども、決して触れてはいない。

それなのに彼の体温が感じられ、その優しい熱は私の心にまで伝わってくる。

「ジュンリヤ、俺を見ろ」

それは命令でのようだけど、そうではない。懇願しているとそう感じた。
だから彼の藍色の瞳から私は目を逸らさない。
 
「一生自分を許さなくていい。だが君の代わりに俺がジュンリヤを許す。誰一人君を許さなくとも、俺だけは必ずどんな君も許し続ける。だから笑っていいんだ」

許せない私に代わって許すと告げてくるレザ。
言っている内容はおかしい。でも想いが詰まった言葉には誤魔化しも嘘もない。

筋は通っていないし何もかもめちゃくちゃなのに、……彼の言葉に泣きそうになる私がいる。


「無理して笑わなくてもいい、上手く笑えなくてもいい。それも俺が全部許す」

レザはただ優しい言葉を重ねてくる、心だけで私に寄り添ってくる。

「幸せになることを最初から手放さないでくれ。それだけは俺が
「…っ、……レザ…」

――いま私は泣いている。

彼の手が壊れ物を触るかのように微かに私の手に触れる。私はその手を振り払うことはなかった。

「言ってることがめちゃ…くちゃ…だわ」
「俺は変人だからそれが許される。そうだろっ?ジュンリヤ」

レザは軽い口調でそう言ってくる。なんだかこのやり取りをとても懐かしく感じ、肩から力が抜けていく。
二人で見つめ合って、目だけで互いに笑い合う。

「…恩人さんよ」
「変人で恩人か、ある意味俺は最強だな」
「そうね、レザは最高だわ」

どうしていつも私は彼の前では泣けるのだろう、そして笑えるのだろう。

…分かっている。私の弱さも愚かさも何一つ否定することなく彼が包み込んでくれるから感情が溢れ出すのだ。

彼が私を泣かせてくれる、笑わせてくれる。
レザは私の心が壊れないように優しく守ってくれているのだ。

彼の言葉で私はまた救われている。



涙を零しながら笑っている私をレザは優しい眼差しで見ている。
『焦らなくていい』と彼がその視線で伝えてくる。

――自分を許せないのは変わらない。

でも話す前と今ではなにかが私の中で変わった気がしている。それがなにかこれから分かるかもしれないし、分からないまま終わるのかもしれない。

――どちらでも構わない。

そう思えている自分がいる。そして心が少しだけ軽くなっているのに気づく。
二人で見つめ合っていた時間は長くはなかった。

「ありがとう、レザ」

何度この言葉を彼に告げただろうか。もう覚えていない、それくらい彼には助けられている。

「ただ世間話をしただけだ」
「それでも嬉しかったわ」

レザはいつもの調子で話してくる。この距離を保ってくれるから私は今も彼の隣にいられる。


彼はパンと手を叩いて『とりあえずは仕切り直しだなっ』と言ってくる。

「変人と人質ではなく今日から新しい関係になる。そうだな、まずは順当なところで友人として始めよう。ジュンリヤ、どうだ?」
「ええ、いいわ」

レザはそう言うと立ち上がって私に近づいてくるので、私も椅子から立つ。
恭しく騎士としての礼をしてくるレザ。

「まずは自己紹介だな。俺は騎士として真面目に働いている。酒は嗜むが酒乱ではないし賭け事はしない。結婚したら良い伴侶になるし、その前に良い恋人になる自信しかない。絶対に浮気はしない、そもそもジュンリヤ以外愛せない。いつか愛されたら最高だが、それは我慢できるから気にしなくていい」

 ……いろいろとおかしい……。

まずこの自己紹介は友人としての要素が全くない。
これではお見合いに近い。
いいえ、それも違う。…普通はお見合いでもこんなにぐいぐい来る人はいない。

 ふふ、レザらしいわね。

彼はどんな時もぶれたりしないらしい。
それが彼の強さでもあるのだろう。
そんな強さを私も見習いたいと思っている。

「今の私は何者でもないから言えることはあまりないわ。でもお茶を淹れるのが下手だから、これから特訓するつもりでいるの。たった一人だけど喜んで飲んでくれる人がいるから」
「それは特別ってことか…」
「そうね、大切な友人だわ」

レザは子供のように『特別で大切だな♪』と嬉しそうに繰り返す。

彼を大切な人だと思っている。ノアよりもクローナへの想いに近いけれど大切なのは間違いない。
彼は『最高の始まりだなっ』と笑い掛けて来て、私もつられるように同じ表情になる。



私とレザはこれから新しく始めていく。
どうなるのか予想はつかない。

ただ一つだけはっきりしている事は彼は私の幸せを願い、私は彼の幸せを願っているということだけ。

その想いが重なるのか、平行線のままなのか。

どちらでもいいと言ってくれる彼に感謝している。今はその言葉に甘えてゆっくりと前に進んでいきたい。




少しだけ開いた扉の外から『レザム様、出発の準備が整いました』と声が掛けられた。
レザは『分かった、すぐ行く』と返事をしてから私に手を差し伸べる。

「後悔はないか…」
「ないわ、レザ」

最後の最後まで私の気持ちを確認してくるのは私の為に他ならない。大切にされていると感じる。

前に進むことに迷いはない。
彼の手を取ることに不安はない。

一歩踏み出して彼の手を取るとレザは私の手を強く握ってきた。その力強さが私を安心させてくれる。



いつか…またいつか…、もし私が人を愛せるようになったのならば、その時はレザのような人を愛するようになるのかもしれない。
そんなふうに思っている自分もいる。

でもそれを言葉にするつもりはない。
そんな日が来るかどうか分からないし、今はまだそんなつもりはないから。
だからこの想いは心の奥に秘めて大切に仕舞っておくことにしよう。

 ………彼に気づかれないように………





(完)


********************
これにて本編は完結です。最後まで読んで頂き有り難うございましたヾ(。>﹏<。)ノ゙✧*。

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