王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと

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50.法で裁けぬ者達②

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怒声を発したのがランダ第一王子ではなく、隣国とはいえ一介の護衛騎士に過ぎないと分かるとこちら側の態度はあからさまに変わる。

「ランダ殿下、不敬な態度は心からお詫び致します。だが護衛騎士風情が怒鳴りつけるなど失礼だ!」
「たかが護衛にしかなれない分際で生意気なっ!」

ランダ第一王子が何も言わないのを了承と受け取り、質素な護衛騎士の制服を身に纏ったレザに対して侮った発言がする者達。


レザの身分を知っている視察団も静観している。

――動く必要がないからだ。

彼らがレザに向ける視線は絶対的な信頼のみ。
つまりこんな事で助けが必要になる主ではないと分かっているからこそ動かない。


「我が国では正しいことを告げるのに身分は必要ではない。だがこの国は違うようだな。郷に入っては郷に従えというからそこは合わせるとしよう。私はレザム・ハットン。王弟の息子で隣りにいるランダ第一王子の従兄弟だ。貴様らとさほど身分は変わらないと思うが、この身分なら発言は許されるか?」
「「「……っ!!!」」」

レザが隣国の王族だと知って、みな一様に青ざめ心のうちで悲鳴を上げている。
そして他の者の体を前に押し、自分だけ隠れようとみっともなく足掻いている。

その様子を鼻で笑うレザ。

「返事がないという事はこの身分では不足か…。では我が国でふんぞり返って報告を待っている国王でも連れて出直すとしようか」
「ヒィッ……、そ、その必要はございません」

誰かが裏返ったような声でそう答えると、レザはにやりと笑う。
隣で見ていたランダ第一王子は『ふんぞり返った発言は聞かなかったことにしてやる』と苦笑したあと、レザと同じ不敵な笑みを浮かべる。
…そのなんとも言えない表情に血の繋がりを感じてしまう。



「王政の廃止?属国にしてくれ?今更何を言っている。三年前王妃を差し出してまで守ったものを今度は簡単に捨てるだと…」

嘲るようにそう言うレザ。

「ですがあの時とは状況が違います!今回のことで上の者達には執政を任せられないと分かりました。それに高位貴族の殆どが不正に関わっており、このままでは民が苦しむことになります」

後ろの方にいる下位貴族からそんな声が上がると、周囲からは『その通りです!』『どうかお助け下さい』と言う声が続く。

それは執政に関与してこなかった下位貴族や壁際に控えている者達からのものだった。

――『民』と言っているが『』としか聞こえない。


「はっははは!本当に上が無能揃いなら下も同じだな。こうなったのは上だけの責任じゃない。国は一部の人間だけでは動かせない。国王を頂点に重鎮達、その下には高位貴族、下位貴族、民へと続く。つまり上を下が支えている。言い換えれば上が無能なのは下が己の役目を放棄しているからだ。上が無能なら有能に育てるか補え、それでも駄目ならすげ替えればいい。上と違って下は権力では劣るが数では勝っている。死ぬ気でやれば出来ないことではない」
「それはそうですが……」

レザの言うことは間違っていない。
下位貴族が権力を持つ上に意見するのは難しいが、民が革命を起こし王政を廃止した国も存在する。
今この場で不満を口にしている貴族達は何もしてこなかった。いや、我が身可愛さに保身に力を入れていただけ。


しかし殆どのものは納得していない顔をしている。

『そんなの理想論だ』
『私はただ真面目にやってきたのに…』
『……命を捨てろって言うのか』
『私は関係ない…』

――当然の反応だった。

隣国とこの国ではそもそも考え方というか土台が違う。
この国は互いに支え合うのではなく、無意識に依存し合うもしくは寄生し合っているほうが多い。
特に王宮内はこの三年間で変わってしまった。

正しいことを行っている者達もいるが、それは決して多くない。

――人は楽なほうに流されやすい。

私も隣国に行かずにここにいたら染まっていたのだろうか。

…たぶん染まらなかった。
正しいことを正しいと言える両親の背を見て育ったから、亡くなった両親や頑張っている弟に恥じない生き方しか選ばなかったと思う。





ざわつく様子にランダ第一王子がいち早く反応する。

「正しい事を発言するのに身分は関係ない。言いたいことがあれば言うといい」

レザよりも上の立場のランダ第一王子の言葉に囁き合っていた声が大きくなる。
どんな事を言ってもその身は守られるならば言いたが、やはり迷っているのだろう。

そんななか壁際に控えていた者達が連れだって前に出てきた。その中には侍女エリの姿もある。

一人の侍女が『あのよろしいでしょうか…』と控えめに声を上げるとランダ第一王子が『もちろん』と笑顔をみせて先を促す。

すると周りから押されるように前に出てきたのはエリだった。
最初は戸惑っている感じだったが『ほら言って、お願い』と周囲から言われて覚悟を決めたのか、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を向く。
その姿は優秀な侍女そのものだった。
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