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40.深夜の訪問者

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夜が更けても眠りはしなかった。
明日のことを考えていたのわけではなくて、ただ眠れなかったので起きていただけ。


静かな部屋に一人でいると思い出すのは懐かしくて楽しい思い出ばかり。
悲しいことや嫌なことはたくさんあったし辛いこともあった。決して忘れられないことばかりなのに、今だけは心の奥に潜んでいるのか浮かんでこない。
 
そしてアンレイとは良い思い出も確かにあったはずなのに、なぜかそこだけぽっかりと抜け落ちたように思い出しはしなかった。 

 不思議ね、心って…。

無意識に自分で自分を守っているのだろうか。
残りわずかかもしれないこの時間が意味もなく辛いだけで終わらないようにしているのだろか。


そんなことを考えながら窓から夜空を見ていた。
月も星も出ていないから何も見えないけれどもそのほうが良かった。

もし微かな光でも見えたら淡い期待を抱いてしまいそうだから。
『…もしかしたら希望が残っているのかしら』と都合の良いように結びつけてしまうだろう。

おかしなことだ。

もうアンレイに期待など一切していないし、宰相を始め重鎮達だってみな私の味方ではないと分かっているのに、誰に何を期待するというのか…。

 ふふ…、期待する相手など誰もいないのにね。




カタ…ン…。


微かに扉が開けられた音がした。
外には見張りの騎士や控えている侍女がいるはずだけれども、勝手に扉を開けることはないはずだ。

明日正式に罪人になるであろう王妃に侮蔑の眼差しを向けて来ても、まだ最低限の礼儀は守ってくれていた。

こんな時間に扉を叩くことなく侵入してくる者が良い知らせを持ってきたとは思えない。

国の汚点となる王妃が許せなくて明日まで待てない忠臣か。
それとも明日私が余計なことを話すのを恐れた誰かに命じられ、口封じに来た者だろうか。

――どちらでもあまり変わらない。

武芸に長けていない私では赤子の手を捻るより簡単だろう。

助けは呼ばなかった。
此処まで入ってこれたという事は外にいるのは侵入者と協力関係にあるということだから叫んでも無駄だ。

怯えた態度は見せたくない。だから姿を見せない侵入者に向かって毅然と言い放った。

「隠れてないで出てきなさいっ!」
「こんばんは、王妃」
「…っ…レ…ザなの……」

姿を現したのはレザだった。
こんな時間に、こんな場所なのに、彼はいつもと変わらない軽い口調で挨拶してくる。

すべてが出鱈目過ぎて何を言えばいいのか分からずに口籠ってしまう。

「随分と夜更しをしてんなー。眠れないのか?実は俺も眠れなくてこうして散歩をしていたところだ」

手を広げて怪しげな黒装束を見せながらさらりとそう告げてくるレザ。

暗闇に同化する格好でこの時間に散歩?
それも罪を犯した王族がいるこの離宮のこの部屋まで?

――有り得ない。

「暗闇の中の散歩はどうだったかしら?」
「職業柄慣れているが、今日の散歩は格別だったな」

お互いに普段と変わらない会話をする。

どうしてここまで来れたのか、何が目的なのか、聞くべきことはたくさんある。
でも聞かなかった。

彼は職業柄慣れているといったから、これは仕事なのだろう。
これが隣国からの報復だとしても、私にはどうすることも出来ない。

怖いとは思わなかった、こんな登場の仕方をしているくせに彼の表情がとても柔らかかったから。

それになぜか彼との会話を続けたいと思った。
こんな時だからこそ、普通を求めていたのかもしれない。



「レザ、もし時間があるのならお茶でもいかが?」
「久しぶりだな王妃が淹れるお茶は。くっくく、少しは腕が上がったか?」

レザはそう言うと勝手に椅子に座った。つまり飲む気があるということだろう。


実は私が彼にお茶を淹れるのは初めてではなかった。
隣国にいた時に柵越しに『のどが渇いたー』と彼が叫んでいた。

『ごめんなさい、今クローナがいなくて……』
『王妃が淹ればいいだろ』

初めて淹れたお茶を『良かったらどうぞ』と差し出すと、彼はそれを飲むなりゴホッゴホッと豪快にむせていた。

――忘れられない。



私は手早くお茶を淹れ彼の前に『どうぞ』と置く。
レザは躊躇うことなくそれを飲み干し『美味か…た、…ゴホッ』とまた豪快にむせていた。




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