王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

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8.アンレイの焦燥と安堵②〜アンレイ視点〜

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『我が公爵家の者を側妃にお迎えください。そうすれば後ろ盾となりましょう』
『しかしミヒカン公爵家には未婚の令嬢はいないはずだ』
『縁戚に非常に優秀な者がおりますので、養女として迎える準備はできております。悪い話ではないと思いますが、いかがでしょうか?』

ミヒカン公爵家は権力を持っていたが、他の公爵家よりも決定的に劣っているものがあった。

――それは血筋だ。

他の公爵家は遡れば必ず王家の血が入っているのに、ミヒカン公爵家だけはその血が一滴も流れていない。

些細なことで足を引っ張りあう貴族にとって、その違いは大きいのだろう。

だからこその提案だった。
ミヒカン公爵は足りない部分を補う為に王家との確かな繫がりを欲したのだ。

 こんな国王でも利用価値はあるというわけか…。


後ろ盾は喉から手が出るほど欲しかった。
今の私にはなによりも必要なものだ。

――強い後ろ盾さえあればこの状況を変えてみせる。

だから白い結婚ならばと提案した。

利用するだけ利用してから無効にすればいい。そもそもミヒカン公爵は義理立しなければいけないような人物ではない。


『国王陛下、それは認められません。あとから婚姻自体を無効にされては堪りませんからな』

私の浅はかな考えなど公爵には見透かされていた。

だが側妃など娶ったら、ジュンリヤを傷つけることになる。
なかなか頷かないでいる私に、公爵は更に言葉を重ねてくる。

『王妃様のお心を心配されるお気持ちは痛いほど分かっております。しかしこのままの状況では二度と会うことが叶わなくなるやもしれません。この意味はお分かりですよね?
ですが我が家が後ろ盾となったら、三年後に傷ついた王妃様に寄り添うことは出来るでしょう』
『……っ……』

未熟な私に揺さぶりを掛けることは、狡猾な公爵にとって簡単なことだった。

 ……すまない、ジュンリヤ。

彼女を失いたくない私は、後ろ盾を得る道を選んだ。それがどんなに彼女を傷つける事になるか承知しながら…。


申し出を了承した私に公爵はお願いという条件をつけてきた。

『側妃を娶ることは陛下が癒やしを求め強く望まれたという形でお願い致します。政略を前面に出したら他家が反発し妨害してくる可能性もあります。それに我が家も無駄に敵は増やしたくありません。国王陛下にとっても、大切な後ろ盾には敵が少ないほうが都合がよろしいかと』

国王である私が一人で泥を被れというのか…。

私はその要求を受け入れた。
この後ろ盾を得る機会を潰されて一番困るのは、他でもない私だからだ。


すべての事情を知ったうえで側妃になったミヒカン公爵令嬢に私は最初に告げた。

『君を側妃として丁重に扱うがそれだけだ。愛することはない』
『承知しております、国王陛下。ただくださいませ。それさえ守って頂けたならば私も側妃として尽くす所存です』
『分かった、必ず約束は守ろう』

淡々とそう告げる側妃に、私も感情を交えずに言葉を返した。

それから彼女は不在の王妃に代わって積極的に公務をこなした。最初は側妃に難色を示していた者達も、徐々に彼女を認めるようになっていく。

いつしか私にとっても右腕のような存在になっていた。
公爵との約束なので、義務として体は重ねていたがお互いに主従関係を超えることはなかった。


――心の底から安堵していた。

体を重ねることで心が傾いてしまうのでは…と危惧していた弱い自分がいたからだ。


大丈夫だ、私のジュンリヤへの想いは何があろうとも揺るがない。
側妃との閨はただの義務で、それ以上でもそれ以下でもない。
気持ちを伴わない行為は肉体的な快楽はあれど、心は何も感じなかった。言い方は悪いが、私にとってそれは排泄行為と同じだった。

だからだろう、本来は増すはずのジュンリヤへの罪悪感が、側妃と体を重ねれば重ねるほど薄らいでいった。


なによりも救われたのは、側妃も同じ気持ちだったことだ。
抱かれてはいるがそこに想いはなく、事が終わった後も『ご苦労様でした』と淡々としていた。

最初こそは側妃に申し訳ないという思いを抱いていたが、それもいつの間にか消えていた。

利用している後ろめたさも薄らいでいく。

きっとシャンナアンナは側妃という立場自体を望んでいたのだろう。あの公爵の縁戚だからそういう教育を受けてきたのだと思った。



そして後ろ盾を得た私は二年間がむしゃらに公務に取り組んだ結果、予定通りにジュンリヤを取り戻すことが叶った。



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