4 / 61
4.腫れ物王妃①
しおりを挟む
あれからアンレイは私と一度も顔を合わせることなく、側妃シャンナアンナを連れて辺境の地へと向かった。
そしてその知らせを私が知ったのは、彼らがすでに王宮を出立した後のことだった。
「申し訳ございません、王妃様。国王陛下は急な公務の為に側妃様を伴って辺境へと向かわれました。一週間後には戻られる予定でございます」
頭を下げならそう伝えてくる宰相。
また事後報告なのね…。
国王の命にただ従っているだけなのだから、宰相を責めても意味はない。
でもアンレイから直接聞きたかった。『行ってくる、待っててくれ』と私に言って欲しかった。
そんな時間をさえ作れなかった…?
それとも掛ける言葉は必要ないと思ったの…。
胸の内に湧き上がる思いに蓋をして、当然の疑問だけを言葉にする。
「なぜシャンナアンナ様も一緒に行ったのですか…?」
王妃が不在ならば、その代わりに側妃を公務に伴うこともあるだろう。
でも今は私がいる、それは本来王妃の役目だ。
「国王陛下は帰国したばかりの王妃様を気遣っておられました。少しずつ学んでから公務を増やしていけばいいと。それに側妃様は公務に精通されておりますので、心配は御無用です」
「そう…。もう下がっていいわ」
「では失礼いたします、王妃様」
アンレイが私を気遣ったのも嘘ではないと思う。
けれども私よりも側妃のほうが役に立つというのが本当のところだろう。
それは宰相の言葉からも感じた。
私を見下しているのではない、でも明らかに側妃への評価が高く信頼していると伝わってきた。
なにが本当なのだろう……。
私が抱いた側妃への印象は強かで狡猾な女性というものだった。
周囲には気づかれないように、でも私だけに伝わるように不快な言動をしてくる。
もし私が少しでも反応しようものなら、きっと陥れるつもりなのだろう。
証拠はない、でもあの目を見れば分かる。
――彼女にとって私は邪魔な存在。
でも宰相はそんな風に思っていないようだ。
側妃は二年間も上手く隠しているのだろうか。
自分にとって必要な人物には表の顔を、それ以外には裏の顔と使い分けている?
貴族は器用にいくつかの顔を使い分けたりする。だから彼女がそうだとしても驚きはしない。
でもこの私の認識は正しくはないとすぐに知ることになる。
「こんな扱い絶対におかしいです!ジュンリヤ様が三年間も隣国で耐えてきたこそ、今この国は平和になっているんです。それなのに王妃であるジュンリヤ様よりも側妃様を褒め称えて…」
今は部屋の中には私と侍女クローナしかいない。
だから彼女は感情を抑えることなく私のために怒ってくれている。
国王と側妃不在の王宮で、クローナは私の為に情報を集めてくれていた。
王妃という立場の私には侍女や護衛騎士達も本音を漏らすことはない。でも同じ立場であり、かつ男爵令嬢という低い身分のクローナとは気安く話すようになっていた。
クローナ曰く、王宮で働く人々はみな側妃を褒め称えているという。
『側妃様がこの二年間国王陛下を支えてくださったから、王妃様は三年間で帰ってくることが出来たんですよ』
『きっと側妃様がいなければ、ここまで復興は進んでいなかったでしょうね』
『側妃様を娶った時は隣国にいる王妃様のことが頭に浮かんで、正直どうかと思ったけれど、今となっては国王陛下の英断だったと分かるわ』
誰も否定的な事を一切口にしない。
『でも、裏ではどうなのかしら…?下の者には意地悪とかしているかもしれないでしょ』
『それはないわ。側妃様は厳しい人だけど、いつだって理不尽なことは言わないわ。あんな素晴らしい人だから、国王陛下から是非にと望まれたのよ』
クローナが水を向けても、答えは同じだったという。
誰に対しても分け隔てなく接しているのなら、それはもう裏の顔がないということだろう。
本当にそうなのだろうか?
でも全員を欺くことは難しいことだし、もし猫を被っていたら誰かしら違和感を抱くものだ。
クローナは腹を立てながら、王宮内で見聞きしたことを私に伝えてくれる。
どうやら側妃はもともと優秀な人物だったらしい。側妃になるとすぐに積極的に公務を手伝い、今や国王陛下の隣に欠かせない存在として周りから認められているという。
「悔しいです…。確かに側妃様の功績は素晴らしいのでしょう。でもそれはジュンリヤ様の犠牲があったからこそです。それなのに、誰も彼もが側妃様、側妃様と浮かれて煩いです!それに比べて王妃であるジュンリヤ様のことは腫れ物のように扱って。
一部の侍女達は酷い噂まで流しているんです、もちろん誰も信じてはいませんが…。私、国王陛下が戻られたら直訴します」
クローナは目に涙を浮かべて訴えてくる。
彼女がそういうのも当然だった。
王宮での生活に不自由はない。『国を守った王妃』として心から尽くしてくれる。
悪意などない、それは分かっている。
――…でも違うのだ。
王宮で働いている者達は側妃の惜しみない努力を近くで二年間も見続けてきている。
だから彼らの側妃への忠誠心は揺るぎないものだ。
それは臣下として決して間違ってはいない。
『そんな側妃様を差し置いて、王妃様に尽くしていいのか…』
『人としてそれは薄情すぎるのではないだろうか』
『側妃様が心を痛めたりはしないだろうか…』
誰もそんなことを口にはしない。
でもそんな戸惑いみたいなものは、隠そうとしても伝わってくるものだった。
そしてその知らせを私が知ったのは、彼らがすでに王宮を出立した後のことだった。
「申し訳ございません、王妃様。国王陛下は急な公務の為に側妃様を伴って辺境へと向かわれました。一週間後には戻られる予定でございます」
頭を下げならそう伝えてくる宰相。
また事後報告なのね…。
国王の命にただ従っているだけなのだから、宰相を責めても意味はない。
でもアンレイから直接聞きたかった。『行ってくる、待っててくれ』と私に言って欲しかった。
そんな時間をさえ作れなかった…?
それとも掛ける言葉は必要ないと思ったの…。
胸の内に湧き上がる思いに蓋をして、当然の疑問だけを言葉にする。
「なぜシャンナアンナ様も一緒に行ったのですか…?」
王妃が不在ならば、その代わりに側妃を公務に伴うこともあるだろう。
でも今は私がいる、それは本来王妃の役目だ。
「国王陛下は帰国したばかりの王妃様を気遣っておられました。少しずつ学んでから公務を増やしていけばいいと。それに側妃様は公務に精通されておりますので、心配は御無用です」
「そう…。もう下がっていいわ」
「では失礼いたします、王妃様」
アンレイが私を気遣ったのも嘘ではないと思う。
けれども私よりも側妃のほうが役に立つというのが本当のところだろう。
それは宰相の言葉からも感じた。
私を見下しているのではない、でも明らかに側妃への評価が高く信頼していると伝わってきた。
なにが本当なのだろう……。
私が抱いた側妃への印象は強かで狡猾な女性というものだった。
周囲には気づかれないように、でも私だけに伝わるように不快な言動をしてくる。
もし私が少しでも反応しようものなら、きっと陥れるつもりなのだろう。
証拠はない、でもあの目を見れば分かる。
――彼女にとって私は邪魔な存在。
でも宰相はそんな風に思っていないようだ。
側妃は二年間も上手く隠しているのだろうか。
自分にとって必要な人物には表の顔を、それ以外には裏の顔と使い分けている?
貴族は器用にいくつかの顔を使い分けたりする。だから彼女がそうだとしても驚きはしない。
でもこの私の認識は正しくはないとすぐに知ることになる。
「こんな扱い絶対におかしいです!ジュンリヤ様が三年間も隣国で耐えてきたこそ、今この国は平和になっているんです。それなのに王妃であるジュンリヤ様よりも側妃様を褒め称えて…」
今は部屋の中には私と侍女クローナしかいない。
だから彼女は感情を抑えることなく私のために怒ってくれている。
国王と側妃不在の王宮で、クローナは私の為に情報を集めてくれていた。
王妃という立場の私には侍女や護衛騎士達も本音を漏らすことはない。でも同じ立場であり、かつ男爵令嬢という低い身分のクローナとは気安く話すようになっていた。
クローナ曰く、王宮で働く人々はみな側妃を褒め称えているという。
『側妃様がこの二年間国王陛下を支えてくださったから、王妃様は三年間で帰ってくることが出来たんですよ』
『きっと側妃様がいなければ、ここまで復興は進んでいなかったでしょうね』
『側妃様を娶った時は隣国にいる王妃様のことが頭に浮かんで、正直どうかと思ったけれど、今となっては国王陛下の英断だったと分かるわ』
誰も否定的な事を一切口にしない。
『でも、裏ではどうなのかしら…?下の者には意地悪とかしているかもしれないでしょ』
『それはないわ。側妃様は厳しい人だけど、いつだって理不尽なことは言わないわ。あんな素晴らしい人だから、国王陛下から是非にと望まれたのよ』
クローナが水を向けても、答えは同じだったという。
誰に対しても分け隔てなく接しているのなら、それはもう裏の顔がないということだろう。
本当にそうなのだろうか?
でも全員を欺くことは難しいことだし、もし猫を被っていたら誰かしら違和感を抱くものだ。
クローナは腹を立てながら、王宮内で見聞きしたことを私に伝えてくれる。
どうやら側妃はもともと優秀な人物だったらしい。側妃になるとすぐに積極的に公務を手伝い、今や国王陛下の隣に欠かせない存在として周りから認められているという。
「悔しいです…。確かに側妃様の功績は素晴らしいのでしょう。でもそれはジュンリヤ様の犠牲があったからこそです。それなのに、誰も彼もが側妃様、側妃様と浮かれて煩いです!それに比べて王妃であるジュンリヤ様のことは腫れ物のように扱って。
一部の侍女達は酷い噂まで流しているんです、もちろん誰も信じてはいませんが…。私、国王陛下が戻られたら直訴します」
クローナは目に涙を浮かべて訴えてくる。
彼女がそういうのも当然だった。
王宮での生活に不自由はない。『国を守った王妃』として心から尽くしてくれる。
悪意などない、それは分かっている。
――…でも違うのだ。
王宮で働いている者達は側妃の惜しみない努力を近くで二年間も見続けてきている。
だから彼らの側妃への忠誠心は揺るぎないものだ。
それは臣下として決して間違ってはいない。
『そんな側妃様を差し置いて、王妃様に尽くしていいのか…』
『人としてそれは薄情すぎるのではないだろうか』
『側妃様が心を痛めたりはしないだろうか…』
誰もそんなことを口にはしない。
でもそんな戸惑いみたいなものは、隠そうとしても伝わってくるものだった。
91
お気に入りに追加
5,736
あなたにおすすめの小説
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる