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1.私が噂の悪役令嬢…?!
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王家主催の夜会では華やかな衣装を身に纏った人々が、素晴らしい生演奏に合わせて優雅に踊っている。
そんななか公爵令嬢である私――ハナミア・マーズは最初から壁の花に徹している。
深い理由なんてない、ただ踊るのに必要な体力が私にはないだけ。
あれは見かけこそは優雅だけれども、ドレスの下では摩訶不思議な体勢を維持しているのだ。
体力がない私は最後まで優雅に踊れる自信はない。
きっと最後には吐血して倒れてしまう。これは誇張でもはなく、経験者の予感だ。
昔、調子に乗って練習を続けたら、血をダラダラと口から垂らして使用人達を驚かせてしまった。
…ちょっとだけ反省している。
幼い頃から病弱を通り越して何度も死にかけていた私。十八歳になった今は、安全志向で生きている。
……それが吐血しない秘訣だ。
ちなみにこの秘訣はあまり需要はないようだ。
幼いころ使用人達に教えてあげたけれど、役に立ったと感謝されたことは一度もない。
目だけで夜会を楽しんでいると、私のほうをチラチラと見ている令嬢達に気づく。
「ほら、ご覧なさって。あれが噂の悪役令嬢ですわ」
「まさに噂通りのご令嬢ですわね」
「きつい眼差しに、人を寄せ付けない傲慢な態度。噂は誇張されている事が多いですけれど、これは噂のほうが控えめですわ」
クスクスと笑いながら、楽しそうに囀っている令嬢達。
私に聞こえても構わないと思っているのだろう。
なぜならそんなふうに私を見ているのは、その令嬢達だけではなかった。私と同じような年頃の人々はみな、彼女達と同じような視線を私に向けている。
自分達だけではないからこそ、安心して噂話を楽しんでいるのだ。
私の反応を期待しているような雰囲気さえ感じられる。
悪役令嬢??どうして私が……。
私はマーズ公爵家の長女としてこの世に誕生したけれど、病弱を理由に今まで表舞台に出たことはなく、夜会への参加も今日が初めてだ。
表向きは体の弱い娘をマーズ公爵家は大切に守っているという体裁を整えているが、本当は違う。
病弱なうえに貴族なら多少なりともあるべき魔力がない私は、政略にも使えない駒とみなされ、田舎の領地で放っておかれていただけ。
別にそんな扱いに拗ねたことなんてない。
田舎暮らしだったせいか、性格も大地に根を張る野菜のように真っ直ぐに育ちましたから。
うん、私って偉い!
心のなかで、こっそり自分自身を褒める。これがまっすぐに育つ秘訣でもある。
両親は私が貴族として欠陥品だと分かるとすぐに子作りに励み、(…これは『あの頃は毎晩のように頑張っていらしゃった』という使用人達の立ち話から知ったことだ)――翌年にはそのかいあって男女の双子レイザとレイリンが生まれた。
立派な後継ぎの誕生に公爵家が歓喜したのは言うまでもない。
そしてこの弟妹は両親の期待以上に成長して、十七歳となった今ではマーズ公爵家の『双頭の龍』と貴族社会では評されている。
なかなか格好いい呼び名だけれども、この二つ名は正確ではないと思う。
そうね、双頭の大蛇?があっているわよね…
別に貶しているわけではない。こう思うには、私にしか分からない切実な事情があるのだ。
双子はともに見目麗しく、頭脳明晰、そのうえ公爵家に相応しい気品と風格をすでに備えており、もう社交界の中心人物になっている。
病弱なうえ、特に取り柄もない私とは大違い。
今夜も人々に囲まれている私の弟妹達。
……ちょっと難ありの二人だけれど、その部分を除けば本当に完璧な二人で、姉として心から誇らしい。
ふふ、自慢の弟妹よね♪
離れ離れで暮らしていたけれど、私には無関心な両親とは違って、弟妹達とは実はかなり交流があった。
そんな彼らが公爵家を盛りたてていくだろうから、私はこのまま平凡でいいと思っている。
なぜなら背伸びしても、疲れるだけだから。
卑下しているわけではなく、ただ単に身の丈にあった幸せを求めて、ひっそりと生きていきたいだけだ。
のんびりした田舎暮らしで性格は真っ直ぐに育ったが、その代わりに上昇志向は全く育たなかった。
そんなのんびりした私が、なぜに立派な悪役令嬢になれるのか。
…????
公爵令嬢がみっともない姿を晒したらいけないと、完璧な笑みを顔に貼り付けたまま、必死に聞き耳を立て情報収集する。
十分後、私は自分の置かれた状況を把握する。
今、王都の若者の間では『悪役令嬢』という分かりやすい悪役が出てくる小説が流行っているらしい。
美人だけれどもきつい顔立ちに、高貴な身分を振りかざした傲慢な態度で、健気なヒロインを甚振る絵に書いたような嫌な女こそが悪役令嬢。
どうやら健気なヒロインにぴったりの女性が学園にいて、足りないのはその悪役令嬢だけ。
貴族の若者達は悪役令嬢に飢えていた。
そんな頃、私という存在が近々学園に編入することを知ったらしい。
私は病弱ゆえに王都にある貴族専用の学園に通ったことはない。しかし卒業しないと外聞が悪いと、この度卒業資格を手に入れるためだけに急遽学園に来週から通うことになったのだ。
きっと悪役令嬢を求む願望から、一気にあることないこと噂が広まったのだろう。
私は数日前に領地から呼び戻されたばかりなのに、悪役令嬢の役割を勝手に割り振られてる現状に直面している。
確かに公爵令嬢だから身分は申し分ない。
それに壁の花に徹し、人見知りだから誰とも話せないでいた態度が傲慢に見えたのかもしれない。
けれど、本来の私は美人ではないし、きつい眼差しでもない。
私は具合が悪くなるとすぐに顔色が悪くなる。
だからお母様が『何があっても顔色が悪く見えないような化粧を』と侍女に指示した。もちろん、私は反抗しなかった。
お母様とはなんというかそんな仲ではない。家族だけれども、遠い親戚のような関係だから遠慮してしまう。
――出来上がったのは、完璧な公爵令嬢。
まさに悪役令嬢に相応しく、キツめの人工美人だった。
さすがは公爵家の侍女と言えばいいのか、別人級の仕上がり。
化粧を落とした私が公爵令嬢だと気づく人は、……たぶん誰もいない。
はぁぁぁーーーーーー。
完璧な表情を崩すことなく、…というかこの化粧は崩れない、心のなかで盛大にため息をつく。
この夜会には両親も弟妹達もいる。彼らがこの状況に気づかないはずがないけれど、私を助けてくれる気配はない。
これくらい公爵令嬢なら自分の力で乗り越えるべき問題ではある。
しかし両親はそれが理由ではなく、関心がないからだろう。
でも弟妹達は違う。私に関心がないから何もしないわけではない。寧ろ関心はあり過ぎるくらいで、ちょっと歪んだ?愛情を持っている。
それはそれで問題なのだが、今は目の前の問題に集中することにする。
これからどうするかなんて考えるまでもない。
逃げる一択だよね…。
公爵令嬢としての矜持の欠片くらいは私にだってある。親から愛情は掛けられなかったけれど、公爵令嬢としての生き方は勉強させられてきたからだ。
でも立ち向かうにはそれなりに体力が必要だが、私にはない。
もし果敢に対抗しようものなら、途中で天に召されそうだ。
――それは断固回避したい!
幸いなことに、我が国に留学している隣国の第二王子が広間に姿を現したようで、皆の視線はそちらに移っている。
『ケイドリューザ殿下!』という人々の歓声が広間に響き渡る。
良いタイミングで到着した有名人に『ナイス、タイミング!』と心のなかで感謝しながら、とりあえずこの場から逃げた。
屋敷に一人で先に帰るわけにはいかないので、人気のないテラスに身を潜める。
はぁ~、上手くいって良かったわ。
これからのことは屋敷に帰ってからゆっくり考えればいい。
なんなら仮病を使って死にそうだと訴えて、領地に帰ることも出来る。
本当は学園に通うことを楽しみにしていたから、残念だけれどもこんな状況なら諦めるしかないだろう。
そう思いながら一人でため息をついていると、いきなりむぎゅっと後ろから抱きしめられた。
「お姉様!勝手に目の届かないところに行かないでくださいませ」
「おい、レイリン邪魔だぞ。姉上を独り占めするなっ!」
私を妹が抱きしめ、その上から弟が覆いかぶさるように抱きしめてくる。二人とも自分の想いをその抱擁で伝えるかのように、ぐぐっと力を込める。
…く、苦し…い……。
必死に手をバタつかせる私。
私は二人の姉だが、健康優良児の彼らよりも私のほうが断然小柄で力も弱い。
私のささやかな抵抗は、二人の力強い抱擁の前では無力だった。
ああ……、なんだか走馬灯がみえる気がするな。
ここで死ぬのだろうか。
双頭の大蛇に抱きしめられて…。
この双子は病弱で良いところなしの私を、なぜか好いてくれている。
いや、異常なほど慕ってくれている。
姉としては嬉しい限りだけれど、こうして毎回走馬灯を見る羽目になるのは、……正直辛い。
――あれは人生において一回だけ見れば十分ではないだろうか。
改善を求めているけれど止めてくれない。
だから私にとっては二人は双頭の龍ではなく、大蛇なのだ。その熱い抱擁で毎回絞め殺されそうになるから…。
優秀なのに、頭脳明晰なのに、どうして学習してくれないの……。
「姉上?」
「お姉様??」
「………ちょっと離れ…て…」
私の異変に気づく弟妹達。
慌てた表情になるが、それでも彼らの美しさは損なわれない。人工ではなく、本物の美丈夫と美人はいいなと思う。
残念ながら私は美人の部類には入っていない。
病弱なのに儚げな美しさがセットじゃないとか有り得ないと思う。
……ちょっと羨ましいな。
いけない、今はのんきにそんな感想を述べている場合じゃないっ!
貴重な時間を浪費してしまった。
だんだんと体から力が抜けていく。でも魂は辛うじて抜けていない。
まだ間に合うはずだから、早く力を緩めて……。
とりあえず声は出ないので、目で必死に訴えてみるが伝わっている様子はない。
――現状維持を貫く弟妹達。
どんな時でも芯がブレることはない。こんな時でなければ尊敬に値するが、今はただの危ない人。
おい、早く離せ……、このシスコン達がっ……!
私の心の声が荒んでいく。
しかし生命がかかっているのだから許されるはず。
「姉上!!おい、レイリン離れろっ」
「お姉様、しっかりなさって!レイザが馬鹿力だからいけないのよ」
互いに相手を責める二人。
その前に、どうして自分の手を緩めようとしないのだ。ここは相手ではなく、まずは己の行動を改めるのが先だろう。
「……(このお馬鹿が…)」
私の心の声は伝わっているだろうか。
たぶん伝わっていない、だって力は全然緩まないから。
また双頭の龍にお説教しなくては……。
私は弟妹達へのお説教の言葉を頭の中で考えながら、いつものように早々に意識を手放していった。
目覚める機会があることを祈りながら……。
そんななか公爵令嬢である私――ハナミア・マーズは最初から壁の花に徹している。
深い理由なんてない、ただ踊るのに必要な体力が私にはないだけ。
あれは見かけこそは優雅だけれども、ドレスの下では摩訶不思議な体勢を維持しているのだ。
体力がない私は最後まで優雅に踊れる自信はない。
きっと最後には吐血して倒れてしまう。これは誇張でもはなく、経験者の予感だ。
昔、調子に乗って練習を続けたら、血をダラダラと口から垂らして使用人達を驚かせてしまった。
…ちょっとだけ反省している。
幼い頃から病弱を通り越して何度も死にかけていた私。十八歳になった今は、安全志向で生きている。
……それが吐血しない秘訣だ。
ちなみにこの秘訣はあまり需要はないようだ。
幼いころ使用人達に教えてあげたけれど、役に立ったと感謝されたことは一度もない。
目だけで夜会を楽しんでいると、私のほうをチラチラと見ている令嬢達に気づく。
「ほら、ご覧なさって。あれが噂の悪役令嬢ですわ」
「まさに噂通りのご令嬢ですわね」
「きつい眼差しに、人を寄せ付けない傲慢な態度。噂は誇張されている事が多いですけれど、これは噂のほうが控えめですわ」
クスクスと笑いながら、楽しそうに囀っている令嬢達。
私に聞こえても構わないと思っているのだろう。
なぜならそんなふうに私を見ているのは、その令嬢達だけではなかった。私と同じような年頃の人々はみな、彼女達と同じような視線を私に向けている。
自分達だけではないからこそ、安心して噂話を楽しんでいるのだ。
私の反応を期待しているような雰囲気さえ感じられる。
悪役令嬢??どうして私が……。
私はマーズ公爵家の長女としてこの世に誕生したけれど、病弱を理由に今まで表舞台に出たことはなく、夜会への参加も今日が初めてだ。
表向きは体の弱い娘をマーズ公爵家は大切に守っているという体裁を整えているが、本当は違う。
病弱なうえに貴族なら多少なりともあるべき魔力がない私は、政略にも使えない駒とみなされ、田舎の領地で放っておかれていただけ。
別にそんな扱いに拗ねたことなんてない。
田舎暮らしだったせいか、性格も大地に根を張る野菜のように真っ直ぐに育ちましたから。
うん、私って偉い!
心のなかで、こっそり自分自身を褒める。これがまっすぐに育つ秘訣でもある。
両親は私が貴族として欠陥品だと分かるとすぐに子作りに励み、(…これは『あの頃は毎晩のように頑張っていらしゃった』という使用人達の立ち話から知ったことだ)――翌年にはそのかいあって男女の双子レイザとレイリンが生まれた。
立派な後継ぎの誕生に公爵家が歓喜したのは言うまでもない。
そしてこの弟妹は両親の期待以上に成長して、十七歳となった今ではマーズ公爵家の『双頭の龍』と貴族社会では評されている。
なかなか格好いい呼び名だけれども、この二つ名は正確ではないと思う。
そうね、双頭の大蛇?があっているわよね…
別に貶しているわけではない。こう思うには、私にしか分からない切実な事情があるのだ。
双子はともに見目麗しく、頭脳明晰、そのうえ公爵家に相応しい気品と風格をすでに備えており、もう社交界の中心人物になっている。
病弱なうえ、特に取り柄もない私とは大違い。
今夜も人々に囲まれている私の弟妹達。
……ちょっと難ありの二人だけれど、その部分を除けば本当に完璧な二人で、姉として心から誇らしい。
ふふ、自慢の弟妹よね♪
離れ離れで暮らしていたけれど、私には無関心な両親とは違って、弟妹達とは実はかなり交流があった。
そんな彼らが公爵家を盛りたてていくだろうから、私はこのまま平凡でいいと思っている。
なぜなら背伸びしても、疲れるだけだから。
卑下しているわけではなく、ただ単に身の丈にあった幸せを求めて、ひっそりと生きていきたいだけだ。
のんびりした田舎暮らしで性格は真っ直ぐに育ったが、その代わりに上昇志向は全く育たなかった。
そんなのんびりした私が、なぜに立派な悪役令嬢になれるのか。
…????
公爵令嬢がみっともない姿を晒したらいけないと、完璧な笑みを顔に貼り付けたまま、必死に聞き耳を立て情報収集する。
十分後、私は自分の置かれた状況を把握する。
今、王都の若者の間では『悪役令嬢』という分かりやすい悪役が出てくる小説が流行っているらしい。
美人だけれどもきつい顔立ちに、高貴な身分を振りかざした傲慢な態度で、健気なヒロインを甚振る絵に書いたような嫌な女こそが悪役令嬢。
どうやら健気なヒロインにぴったりの女性が学園にいて、足りないのはその悪役令嬢だけ。
貴族の若者達は悪役令嬢に飢えていた。
そんな頃、私という存在が近々学園に編入することを知ったらしい。
私は病弱ゆえに王都にある貴族専用の学園に通ったことはない。しかし卒業しないと外聞が悪いと、この度卒業資格を手に入れるためだけに急遽学園に来週から通うことになったのだ。
きっと悪役令嬢を求む願望から、一気にあることないこと噂が広まったのだろう。
私は数日前に領地から呼び戻されたばかりなのに、悪役令嬢の役割を勝手に割り振られてる現状に直面している。
確かに公爵令嬢だから身分は申し分ない。
それに壁の花に徹し、人見知りだから誰とも話せないでいた態度が傲慢に見えたのかもしれない。
けれど、本来の私は美人ではないし、きつい眼差しでもない。
私は具合が悪くなるとすぐに顔色が悪くなる。
だからお母様が『何があっても顔色が悪く見えないような化粧を』と侍女に指示した。もちろん、私は反抗しなかった。
お母様とはなんというかそんな仲ではない。家族だけれども、遠い親戚のような関係だから遠慮してしまう。
――出来上がったのは、完璧な公爵令嬢。
まさに悪役令嬢に相応しく、キツめの人工美人だった。
さすがは公爵家の侍女と言えばいいのか、別人級の仕上がり。
化粧を落とした私が公爵令嬢だと気づく人は、……たぶん誰もいない。
はぁぁぁーーーーーー。
完璧な表情を崩すことなく、…というかこの化粧は崩れない、心のなかで盛大にため息をつく。
この夜会には両親も弟妹達もいる。彼らがこの状況に気づかないはずがないけれど、私を助けてくれる気配はない。
これくらい公爵令嬢なら自分の力で乗り越えるべき問題ではある。
しかし両親はそれが理由ではなく、関心がないからだろう。
でも弟妹達は違う。私に関心がないから何もしないわけではない。寧ろ関心はあり過ぎるくらいで、ちょっと歪んだ?愛情を持っている。
それはそれで問題なのだが、今は目の前の問題に集中することにする。
これからどうするかなんて考えるまでもない。
逃げる一択だよね…。
公爵令嬢としての矜持の欠片くらいは私にだってある。親から愛情は掛けられなかったけれど、公爵令嬢としての生き方は勉強させられてきたからだ。
でも立ち向かうにはそれなりに体力が必要だが、私にはない。
もし果敢に対抗しようものなら、途中で天に召されそうだ。
――それは断固回避したい!
幸いなことに、我が国に留学している隣国の第二王子が広間に姿を現したようで、皆の視線はそちらに移っている。
『ケイドリューザ殿下!』という人々の歓声が広間に響き渡る。
良いタイミングで到着した有名人に『ナイス、タイミング!』と心のなかで感謝しながら、とりあえずこの場から逃げた。
屋敷に一人で先に帰るわけにはいかないので、人気のないテラスに身を潜める。
はぁ~、上手くいって良かったわ。
これからのことは屋敷に帰ってからゆっくり考えればいい。
なんなら仮病を使って死にそうだと訴えて、領地に帰ることも出来る。
本当は学園に通うことを楽しみにしていたから、残念だけれどもこんな状況なら諦めるしかないだろう。
そう思いながら一人でため息をついていると、いきなりむぎゅっと後ろから抱きしめられた。
「お姉様!勝手に目の届かないところに行かないでくださいませ」
「おい、レイリン邪魔だぞ。姉上を独り占めするなっ!」
私を妹が抱きしめ、その上から弟が覆いかぶさるように抱きしめてくる。二人とも自分の想いをその抱擁で伝えるかのように、ぐぐっと力を込める。
…く、苦し…い……。
必死に手をバタつかせる私。
私は二人の姉だが、健康優良児の彼らよりも私のほうが断然小柄で力も弱い。
私のささやかな抵抗は、二人の力強い抱擁の前では無力だった。
ああ……、なんだか走馬灯がみえる気がするな。
ここで死ぬのだろうか。
双頭の大蛇に抱きしめられて…。
この双子は病弱で良いところなしの私を、なぜか好いてくれている。
いや、異常なほど慕ってくれている。
姉としては嬉しい限りだけれど、こうして毎回走馬灯を見る羽目になるのは、……正直辛い。
――あれは人生において一回だけ見れば十分ではないだろうか。
改善を求めているけれど止めてくれない。
だから私にとっては二人は双頭の龍ではなく、大蛇なのだ。その熱い抱擁で毎回絞め殺されそうになるから…。
優秀なのに、頭脳明晰なのに、どうして学習してくれないの……。
「姉上?」
「お姉様??」
「………ちょっと離れ…て…」
私の異変に気づく弟妹達。
慌てた表情になるが、それでも彼らの美しさは損なわれない。人工ではなく、本物の美丈夫と美人はいいなと思う。
残念ながら私は美人の部類には入っていない。
病弱なのに儚げな美しさがセットじゃないとか有り得ないと思う。
……ちょっと羨ましいな。
いけない、今はのんきにそんな感想を述べている場合じゃないっ!
貴重な時間を浪費してしまった。
だんだんと体から力が抜けていく。でも魂は辛うじて抜けていない。
まだ間に合うはずだから、早く力を緩めて……。
とりあえず声は出ないので、目で必死に訴えてみるが伝わっている様子はない。
――現状維持を貫く弟妹達。
どんな時でも芯がブレることはない。こんな時でなければ尊敬に値するが、今はただの危ない人。
おい、早く離せ……、このシスコン達がっ……!
私の心の声が荒んでいく。
しかし生命がかかっているのだから許されるはず。
「姉上!!おい、レイリン離れろっ」
「お姉様、しっかりなさって!レイザが馬鹿力だからいけないのよ」
互いに相手を責める二人。
その前に、どうして自分の手を緩めようとしないのだ。ここは相手ではなく、まずは己の行動を改めるのが先だろう。
「……(このお馬鹿が…)」
私の心の声は伝わっているだろうか。
たぶん伝わっていない、だって力は全然緩まないから。
また双頭の龍にお説教しなくては……。
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