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28.幻と真実②
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隣国での式典はそれはもう盛大なものだった。
現国王も病気による退位などではなく余生を楽しむための早期退位であったし、聡明な第一王子には優秀な側近もいるとあって不安要素のない新国王即位であったからだ。
人々は退位と即位の両方を歓迎し何の混乱も起きずに、式典の後に開かれた夜会を楽しんでいた。夜会には隣国の貴族だけではなく、他国からの王族や重鎮など大勢が参加しており、タチアナとリデックもラース王国の代表として様々な人に挨拶をしていた。
すると二人の前に新国王になった第一王子が王妃を伴ってやってきた。
「「この度はご即位おめでとうございます」」
「有り難うございます。ですが貴女がラース王国の代表としていらっしゃるとは思いませんでしたよ」
「退位された国王様の為に私が参りました。私の姿を見れば離縁して沈んでいるお心も少しは晴れるかと」
「タチアナ、やめなさい」
タチアナの無礼な言葉をリデックは強い口調で窘めたが、本人は何がいけないのか分からないので謝罪の言葉も口にせず、ただ困ったような表情をするだけだった。夫であるリデックはタチアナの過ちを代わりに謝罪した。
「申し訳ございません。妻は悪気はないのですが、何事も前向きに考えてしまう癖がありまして。ですが他意は決してございませんのでどうかお許しください」
「前向きですか…、それは素晴らしいですね。
ですが真実を見ず、誤解を与える言動をするのは王族としてはどうかと思いますが…」
新国王はリデックの謝罪だけでは不満なようで、二人を見る目は許していなかった。そして奇妙な提案をしてきた。
「そうですね、今回私が特別にお二人が知らない真実をお教えしましょう。それを黙って最後まで聞くことが出来たら今回の無礼は許しましょう。どうしますか?」
タチアナは納得がいってないが揉めるのはラース王国の代表として得策ではないのは理解していたので、リデックと共に頷き『ご教授お願い致します』と頭を下げた。
「まずはタチアナ様、あちらをご覧ください。我が父と正妃である母です」
新国王が目線を向けた先には自分を寵愛していた前国王と前王妃がいた。その目にはお互い溢れるような愛情があり、前国王は離さないとばかりに前王妃を自分の近くに抱き寄せ優しく口づけをしていた。
それはタチアナが見たこともない前国王の姿だった。
---あ、あれはなんなの…。私を寵愛していた時もあんな表情を見せたこともないのに…。いったいどういうこと?
「父の愛する人は今も昔も母のみ。貴女の事は大切な政略の駒として丁重に扱いましたがそこに愛は一切ない。お分かりですか?」
新国王は前国王の寵愛などなかったことをタチアナに教えた。そして青ざめたタチアナを見て『呑み込みが早くて助かります』と満足げに微笑んでいた。
「あとバウアー殿ですね。今度はあちらをご覧ください。私の側近とその妻です」
そこには、王宮の元文官デイル・ユニとハンナが身を寄せ合い笑い合っていた。そのハンナの表情は自分が知っているものではなく、輝いていた。
---ハンナ…、俺にはあんな顔見せたことはないのに。俺に向けた微笑みは作り笑顔だったのか?
「あの二人は恋愛結婚ですよ。彼の細君は以前政略結婚していたようですが、幸せだったんですかね?どう思いますか、バウアー殿」
リデックはハンナが自分との結婚で幸せを感じていなかったことに今知った。勝手に愛されていると思っていたが、それは事実ではなかった。本当に愛している人の前ではハンナはあんな素敵な表情をするのに気が付いたのだ。
項垂れているリデックを見て、新国王は満足そうに頷くと更に話しを続けた。
「そういえばデイル・ユニは優秀なので私の側近になってもらう為に父が一芝居が打ちました。タチアナ様が離縁される時の交渉で父が『手放したくない』と渋ったでしょう、あれですよ。
離縁を認める代わりに彼の引き抜きを条件に追加しました。名演技でしたでしょう」
この言葉はタチアナに更なる打撃を与えた。自分が愛されていないと分かったが、でも少しはという希望も砕けっ散った。
もう終わりかとタチアナとリデックが新国王を見ると、
「ああそうそう。ところでタチアナ様、私が教えた真実から新たな真実には辿り着きましたか?」
タチアナが『分からない』という表情をすると、新国王は親切にもヒントを出した。
「お二人は今回真に愛し合う者同士がどんな表情でお互いを見るのか学びましたよね?そこから新たな真実が分かりますよ。では、これで今回の無礼は水に流しましょう」
そう言うと新国王夫妻は優雅に挨拶をし去って行った。
その場に残された二人はお互いを見て悟った。
タチアナは『リデックに愛されていないこと』を、そしてリデックは『自分がタチアナを愛していないのが知られてしまったこと』を。
すべてを知った二人はこれからも愛のない生活を続けていくだろう。
それが悲恋の恋人達の運命だから、逃れることは許されない……。
(完)
********************************
これにて完結です。
最後まで読んでいただき有り難うございます。
現国王も病気による退位などではなく余生を楽しむための早期退位であったし、聡明な第一王子には優秀な側近もいるとあって不安要素のない新国王即位であったからだ。
人々は退位と即位の両方を歓迎し何の混乱も起きずに、式典の後に開かれた夜会を楽しんでいた。夜会には隣国の貴族だけではなく、他国からの王族や重鎮など大勢が参加しており、タチアナとリデックもラース王国の代表として様々な人に挨拶をしていた。
すると二人の前に新国王になった第一王子が王妃を伴ってやってきた。
「「この度はご即位おめでとうございます」」
「有り難うございます。ですが貴女がラース王国の代表としていらっしゃるとは思いませんでしたよ」
「退位された国王様の為に私が参りました。私の姿を見れば離縁して沈んでいるお心も少しは晴れるかと」
「タチアナ、やめなさい」
タチアナの無礼な言葉をリデックは強い口調で窘めたが、本人は何がいけないのか分からないので謝罪の言葉も口にせず、ただ困ったような表情をするだけだった。夫であるリデックはタチアナの過ちを代わりに謝罪した。
「申し訳ございません。妻は悪気はないのですが、何事も前向きに考えてしまう癖がありまして。ですが他意は決してございませんのでどうかお許しください」
「前向きですか…、それは素晴らしいですね。
ですが真実を見ず、誤解を与える言動をするのは王族としてはどうかと思いますが…」
新国王はリデックの謝罪だけでは不満なようで、二人を見る目は許していなかった。そして奇妙な提案をしてきた。
「そうですね、今回私が特別にお二人が知らない真実をお教えしましょう。それを黙って最後まで聞くことが出来たら今回の無礼は許しましょう。どうしますか?」
タチアナは納得がいってないが揉めるのはラース王国の代表として得策ではないのは理解していたので、リデックと共に頷き『ご教授お願い致します』と頭を下げた。
「まずはタチアナ様、あちらをご覧ください。我が父と正妃である母です」
新国王が目線を向けた先には自分を寵愛していた前国王と前王妃がいた。その目にはお互い溢れるような愛情があり、前国王は離さないとばかりに前王妃を自分の近くに抱き寄せ優しく口づけをしていた。
それはタチアナが見たこともない前国王の姿だった。
---あ、あれはなんなの…。私を寵愛していた時もあんな表情を見せたこともないのに…。いったいどういうこと?
「父の愛する人は今も昔も母のみ。貴女の事は大切な政略の駒として丁重に扱いましたがそこに愛は一切ない。お分かりですか?」
新国王は前国王の寵愛などなかったことをタチアナに教えた。そして青ざめたタチアナを見て『呑み込みが早くて助かります』と満足げに微笑んでいた。
「あとバウアー殿ですね。今度はあちらをご覧ください。私の側近とその妻です」
そこには、王宮の元文官デイル・ユニとハンナが身を寄せ合い笑い合っていた。そのハンナの表情は自分が知っているものではなく、輝いていた。
---ハンナ…、俺にはあんな顔見せたことはないのに。俺に向けた微笑みは作り笑顔だったのか?
「あの二人は恋愛結婚ですよ。彼の細君は以前政略結婚していたようですが、幸せだったんですかね?どう思いますか、バウアー殿」
リデックはハンナが自分との結婚で幸せを感じていなかったことに今知った。勝手に愛されていると思っていたが、それは事実ではなかった。本当に愛している人の前ではハンナはあんな素敵な表情をするのに気が付いたのだ。
項垂れているリデックを見て、新国王は満足そうに頷くと更に話しを続けた。
「そういえばデイル・ユニは優秀なので私の側近になってもらう為に父が一芝居が打ちました。タチアナ様が離縁される時の交渉で父が『手放したくない』と渋ったでしょう、あれですよ。
離縁を認める代わりに彼の引き抜きを条件に追加しました。名演技でしたでしょう」
この言葉はタチアナに更なる打撃を与えた。自分が愛されていないと分かったが、でも少しはという希望も砕けっ散った。
もう終わりかとタチアナとリデックが新国王を見ると、
「ああそうそう。ところでタチアナ様、私が教えた真実から新たな真実には辿り着きましたか?」
タチアナが『分からない』という表情をすると、新国王は親切にもヒントを出した。
「お二人は今回真に愛し合う者同士がどんな表情でお互いを見るのか学びましたよね?そこから新たな真実が分かりますよ。では、これで今回の無礼は水に流しましょう」
そう言うと新国王夫妻は優雅に挨拶をし去って行った。
その場に残された二人はお互いを見て悟った。
タチアナは『リデックに愛されていないこと』を、そしてリデックは『自分がタチアナを愛していないのが知られてしまったこと』を。
すべてを知った二人はこれからも愛のない生活を続けていくだろう。
それが悲恋の恋人達の運命だから、逃れることは許されない……。
(完)
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これにて完結です。
最後まで読んでいただき有り難うございます。
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月白様、感想有り難うございます。◕‿◕。
お疲れ様でございましたm(__)m
みこと様のご意見に同意しつつも
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