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34. 花嫁に、なりました①
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シュッ、と布が擦れる音がして、シルクファイユのカマーバンドが絞められた。
「……とても綺麗よ。ああもう、泣かないで。お化粧が崩れちゃうわ」
「だって、お母さま」
横からエミリーが布を差し出し、目元をそっと拭ってくれる。
「ほら、見てごらんなさい!なんて素敵な花嫁なの」
促され鏡を見た。
上半身はレース。喉元まで詰まっているけれど、レースの透け感で軽やかだ。ニードルレースで作られた花のモチーフがところどころに縫いつけられ、全ての縫い目は表から見えないようそこにも刺繍が施されている。その刺繍の間には、数えきれないほどつけられた小さなパールが光っていた。
首からウエストには縦にレースのくるみボタンが並んでいる。レースでぴったりと包まれた腕にもパールと花のモチーフ。袖は手の甲まで続き、指先だけを露わにしていた。
フリルがついてすべすべした肌触りのペチコートの上に、張りのあるシルクファイユのスカートをつけ、仕上げに同じ生地のカマーバンドを締める。たっぷりと生地を使っているのに全然重くない。それにこのシルエットの美しさときたら……!
「ほんとうに綺麗……」
私が呟くと、お針たちが感激した様子で「姫さま……!」と声を上げた。
「みんな、本当によくやってくれたわ。おかげでレオノアがこんなに素敵な花嫁になれたのだもの。あなたたちのおかげね」
「も………、もったいのうございます………!」
ウエディングドレス作りの責任者だったお針が、感激のあまり涙を流している。
「………姫さま。最後の仕上げにベールをつけましょう」
エミリーに言われ、椅子に腰かけた。
「…………ティアラにしなくて本当によかったのかしらと思っていたけれど……。これも素敵ね」
結い上げた髪の上には、レースとパールで作られた飾りが乗せられている。王家に伝わるティアラではなく、これだけはと私の我儘を通させてもらったのだ。本当は生花で作ったものでよかったのだけれど、そういう訳にはいきません、とお針たちが宣言し、花冠をイメージしたものを作ってくれた。
出来上がりを一目見たとき、そのあまりの素晴らしさに歓声を上げてしまったほどだ。スカートと同じシルクファイユの上にたくさんのレースとパールが縫い付けられ、わずかに色味の違う布と糸を使って作られた花びらや葉っぱが配されて本物の花冠みたい。それが今、頭頂部よりほんの少し後ろにぴったりとつけられている。その上からベールが被せられた。
「レオノアの一番好きなお花みたいだものね。可愛らしいしとっても似合っているわ」
「ほんとう?うれしい!」
「本当ですとも。ねえ、陛下」
「…………」
鏡越しに見たお父さまは、口をへの字に曲げて黙っている。
「もう。いい加減になさってくださいませ。今からそんなことでは先が思いやられてしまいます」
呆れたように言ったお母さまの言葉に拗ねたみたいな顔のお父さまは、そっぽを向いて目元を手でこすった。
「これだから花嫁の父って厄介なのよねえ……。エミリー、時間は?」
「そうですね。あと10分ほどで向かわなければなりません」
「分かったわ。では、申し訳ないけれど私たちだけにしてもらえるかしら。ほんの少しでいいわ」
皆が口々におめでとうございます、と言いながら部屋を出て行った。やがて三人だけになり、私が口を開こうとした途端。
「レオノア!何も言うな。言わないでくれ……」
お父さまが右手で目を覆い、左手を広げ私の前に突き出した。その手がプルプル震えている。
「………お父さま……?」
「……お父さまはね、レオノアが嫁いでしまうのが寂しくて仕方ないのよ。だから、嫁ぐ日の挨拶はしなくていいわ。尚更ダメージを受けちゃうから」
フーッとため息をつきながらお母さまが言う。なぜダメージを受けるの?
「お父さま、寂しくなんかないわ。私、いつでもお父さまに会いに来るもの。お母さまや兄さまたちにも。また来たのか!って言われちゃうくらい」
「………いや。それはいかん。レオノアはキングズレーに……っ、と、嫁ぐのだから……ぅぐっ」
あらやだ。泣いちゃった。こういう場合、私の方が泣くものじゃないの?私の涙はすっかり引っ込んでしまった。
「ああもう……はい、これで拭いてちょうだい。……そう、鼻もかんで。……はあ。本当にうちの男どもときたら……」
「そういえば、兄さまたちは?」
「あの子たちはさっさと逃げだしたわ。レオノアに別れの挨拶をされたくないんでしょうよ」
「……私とて、挨拶されたくはなかった……」
「何を馬鹿なことを!あなたは父親でしょう。往生際の悪いこと言ってないで腹をくくりなさいな!」
あ。お母さまの目が本気で怒っている。ハキハキしているお母さまだけれど、こんなに怒るのは珍しい。
「お母さま、私の晴れの日なの。そんなに怒らないで?」
「………ごめんなさいねレオノア。つい興奮してしまったわ。ほら、あなた」
「…………ごほん。レオノア。そなたには今まで、王家の加護がついておった。それが今後無くなる訳だが……我らが親であり、そなたが子である事実は永遠に変わらん。何かあればいつでも頼ってくるがいい。無理はするなよ。いつでも戻ってくればよいのだ。何か嫌なことがあればすぐにでも……」
「はいはいはい。もういいわ。レオノア、昨日私が話したとおり、生きていれば色んなことがあるわ。失敗することや、自信を無くすようなこと。本当に嫌だと思うことをやらなきゃいけない時もある。……でも忘れないで。あなたの側にはウィリアムがいるのよ。一人じゃない。いい?できないことや失敗することをを恐れないで」
「…………とうさま、かあさま………」
ああ、やっぱり涙がこぼれてしまう。ベールにしみをつくらないよう気を付けながら、そっと三人で抱き合った。
「……とても綺麗よ。ああもう、泣かないで。お化粧が崩れちゃうわ」
「だって、お母さま」
横からエミリーが布を差し出し、目元をそっと拭ってくれる。
「ほら、見てごらんなさい!なんて素敵な花嫁なの」
促され鏡を見た。
上半身はレース。喉元まで詰まっているけれど、レースの透け感で軽やかだ。ニードルレースで作られた花のモチーフがところどころに縫いつけられ、全ての縫い目は表から見えないようそこにも刺繍が施されている。その刺繍の間には、数えきれないほどつけられた小さなパールが光っていた。
首からウエストには縦にレースのくるみボタンが並んでいる。レースでぴったりと包まれた腕にもパールと花のモチーフ。袖は手の甲まで続き、指先だけを露わにしていた。
フリルがついてすべすべした肌触りのペチコートの上に、張りのあるシルクファイユのスカートをつけ、仕上げに同じ生地のカマーバンドを締める。たっぷりと生地を使っているのに全然重くない。それにこのシルエットの美しさときたら……!
「ほんとうに綺麗……」
私が呟くと、お針たちが感激した様子で「姫さま……!」と声を上げた。
「みんな、本当によくやってくれたわ。おかげでレオノアがこんなに素敵な花嫁になれたのだもの。あなたたちのおかげね」
「も………、もったいのうございます………!」
ウエディングドレス作りの責任者だったお針が、感激のあまり涙を流している。
「………姫さま。最後の仕上げにベールをつけましょう」
エミリーに言われ、椅子に腰かけた。
「…………ティアラにしなくて本当によかったのかしらと思っていたけれど……。これも素敵ね」
結い上げた髪の上には、レースとパールで作られた飾りが乗せられている。王家に伝わるティアラではなく、これだけはと私の我儘を通させてもらったのだ。本当は生花で作ったものでよかったのだけれど、そういう訳にはいきません、とお針たちが宣言し、花冠をイメージしたものを作ってくれた。
出来上がりを一目見たとき、そのあまりの素晴らしさに歓声を上げてしまったほどだ。スカートと同じシルクファイユの上にたくさんのレースとパールが縫い付けられ、わずかに色味の違う布と糸を使って作られた花びらや葉っぱが配されて本物の花冠みたい。それが今、頭頂部よりほんの少し後ろにぴったりとつけられている。その上からベールが被せられた。
「レオノアの一番好きなお花みたいだものね。可愛らしいしとっても似合っているわ」
「ほんとう?うれしい!」
「本当ですとも。ねえ、陛下」
「…………」
鏡越しに見たお父さまは、口をへの字に曲げて黙っている。
「もう。いい加減になさってくださいませ。今からそんなことでは先が思いやられてしまいます」
呆れたように言ったお母さまの言葉に拗ねたみたいな顔のお父さまは、そっぽを向いて目元を手でこすった。
「これだから花嫁の父って厄介なのよねえ……。エミリー、時間は?」
「そうですね。あと10分ほどで向かわなければなりません」
「分かったわ。では、申し訳ないけれど私たちだけにしてもらえるかしら。ほんの少しでいいわ」
皆が口々におめでとうございます、と言いながら部屋を出て行った。やがて三人だけになり、私が口を開こうとした途端。
「レオノア!何も言うな。言わないでくれ……」
お父さまが右手で目を覆い、左手を広げ私の前に突き出した。その手がプルプル震えている。
「………お父さま……?」
「……お父さまはね、レオノアが嫁いでしまうのが寂しくて仕方ないのよ。だから、嫁ぐ日の挨拶はしなくていいわ。尚更ダメージを受けちゃうから」
フーッとため息をつきながらお母さまが言う。なぜダメージを受けるの?
「お父さま、寂しくなんかないわ。私、いつでもお父さまに会いに来るもの。お母さまや兄さまたちにも。また来たのか!って言われちゃうくらい」
「………いや。それはいかん。レオノアはキングズレーに……っ、と、嫁ぐのだから……ぅぐっ」
あらやだ。泣いちゃった。こういう場合、私の方が泣くものじゃないの?私の涙はすっかり引っ込んでしまった。
「ああもう……はい、これで拭いてちょうだい。……そう、鼻もかんで。……はあ。本当にうちの男どもときたら……」
「そういえば、兄さまたちは?」
「あの子たちはさっさと逃げだしたわ。レオノアに別れの挨拶をされたくないんでしょうよ」
「……私とて、挨拶されたくはなかった……」
「何を馬鹿なことを!あなたは父親でしょう。往生際の悪いこと言ってないで腹をくくりなさいな!」
あ。お母さまの目が本気で怒っている。ハキハキしているお母さまだけれど、こんなに怒るのは珍しい。
「お母さま、私の晴れの日なの。そんなに怒らないで?」
「………ごめんなさいねレオノア。つい興奮してしまったわ。ほら、あなた」
「…………ごほん。レオノア。そなたには今まで、王家の加護がついておった。それが今後無くなる訳だが……我らが親であり、そなたが子である事実は永遠に変わらん。何かあればいつでも頼ってくるがいい。無理はするなよ。いつでも戻ってくればよいのだ。何か嫌なことがあればすぐにでも……」
「はいはいはい。もういいわ。レオノア、昨日私が話したとおり、生きていれば色んなことがあるわ。失敗することや、自信を無くすようなこと。本当に嫌だと思うことをやらなきゃいけない時もある。……でも忘れないで。あなたの側にはウィリアムがいるのよ。一人じゃない。いい?できないことや失敗することをを恐れないで」
「…………とうさま、かあさま………」
ああ、やっぱり涙がこぼれてしまう。ベールにしみをつくらないよう気を付けながら、そっと三人で抱き合った。
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