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ネバーチェックアウトのお客様

「ネバーチェックアウトのお客様」

ある晩、小さな町にある古びたモーテルに、ひとりの客が訪れた。彼はどこか落ち着かない雰囲気を漂わせていて、まるで何かから逃れてきたかのようだった。モーテルの看板にはぼやけた文字で「ネバーチェックアウト」と書かれている。

フロントにはひとりの老婦人が座っていた。彼女は静かにその男を迎え入れ、予約もないのに素早く部屋を用意した。男は名前も言わず、ただ彼女の手渡した鍵を受け取り、無言で階段を上がった。

彼の部屋はぼんやりとした蛍光灯の明かりで照らされていた。古びた家具が散らかり、壁には何十年も前のポスターがくすんで掛かっている。部屋の隅にはひときわ大きなスーツケースが置かれていた。男はそのスーツケースを開け、中から何枚かの写真を取り出した。

写真には幸せそうな人々の姿が映っていた。笑顔の家族写真や、風景写真、そしてひとりの女性のポートレート。男はその女性の写真を手に取り、しばらく見つめた後、深いため息をついた。

夜が更けるにつれ、モーテルは静まりかえり、外の町の灯りも少しずつ消えていった。しかし、その男の部屋からは時折、鋭い汽笛の音が聞こえてくる。それはまるで列車の汽笛のようにも聞こえたが、この町にはもう何十年も列車が通っていなかった。

翌朝、モーテルの老婦人が男の部屋に朝食を届けようと扉をノックしたが、返事はなかった。彼女は不審に思いながらもドアを開け、部屋の中をのぞいた。

そこには誰もいなかった。ベッドは整えられ、スーツケースもなくなっていた。ただ、床には何枚かの写真が散らばっていた。その中には男が前夜見ていた写真もあり、そしてその一枚には、モーテルの建物が映りこんでいた。

老婦人は写真を手に取り、不思議そうに眺めながら、ふと外を見た。すると、モーテルの前に立つ影があった。それは男の姿だったが、彼はもうモーテルに入ろうともせず、ただ建物を見つめているだけだった。

老婦人は急いで外に出て、男に声をかけた。「もし何かお手伝いできることがあれば...」

男は静かに頷き、ポケットからひとつの古びた切符を取り出した。それは何十年も前の鉄道の切符で、目的地はこの町だった。

「もう行かなければならないんだ。ありがとう、お世話になりました」と男は言った。

そして、男はそのままモーテルを後にした。老婦人は彼の後ろ姿を見送りながら、ふと思った。この町には列車が通っていないのに、彼はどうしてこの切符を持っていたのか、そしてなぜここで一夜を過ごしたのか。

しかし、その謎もまたこの町の中に取り残されてしまったように思えた。そしてモーテルの前に立つ男は、どこか懐かしくも哀しげな表情で、見知らぬ町の風景を見つめていた。

ネバーチェックアウトのモーテルは、その後も静かに町の片隅に佇んでいる。そして時折、誰も泊まったことがないという部屋からは、汽笛のような音が遠くから聞こえるという。