上 下
34 / 132

繰り返される朝

しおりを挟む
繰り返される朝

朝が来るたび、みるくは冷蔵庫からビールを取り出して、缶のプルタブを引いた。その音だけが、静かな部屋に響く。ビールの泡が立つ様子をじっと見つめながら、一口、また一口と口に運ぶ。気づけば、空き缶がテーブルの上に並んでいる。頭の中はぼんやりして、現実と夢の境目が曖昧になっていく。

「なんだかよくわからないけど、朝から晩までビールを飲んでいる」と、みるくは小声でつぶやく。それは、自分自身への言い訳のようでもあり、誰かに届いてほしい祈りのようでもあった。

ビールを片手に、もう片方の手でパソコンのキーボードを叩く。昔から小説を書くのが好きだった。現実から逃げるように、物語の世界に入り込むことで、みるくは一時の安らぎを得ていた。しかし、最近は書いても書いても満たされない。言葉が枯れていくような感覚が、彼女の心をさらに押しつぶしていく。

「なんだかよくわからないけど、朝から晩まで小説を書いている」と、またつぶやく。ビールの酔いも手伝って、指先が思うように動かない。文章は乱れ、気持ちも乱れていく。自分でも何を書いているのか、もうよくわからなくなっていた。

恐怖と孤独
みるくは、昔の自分を思い出していた。アルコールに溺れ、日々を浪費していた過去。やっと抜け出したと思っていたのに、また同じ道を辿ろうとしている自分に気づいてしまう。その恐怖が、彼女を追い詰めた。

「また昔のような、アルコール依存症になるのが怖くて…」

みるくは震える手で空き缶を投げ捨てた。それでも手は止まらない。ビールは次々と消費され、時間はただ流れていく。耐えがたい孤独感に押しつぶされそうだった。

そんな時、ふと昔のオンラインゲームのことを思い出した。みるくはそのゲームで多くの友達と繋がっていた。そこには現実の辛さを忘れさせてくれる仮想の世界があった。みるくは決心して、ゲームを再び始めようとした。

「昔やってたオンラインゲームをまた締めようと思った。これで少しは、気がまぎれたら……。」

逃げられた安らぎ
新しいゲームソフトを買い、ダウンロードし、インストールした。しかし、問題はそれで終わらなかった。ログインしようとすると、セキュリティトークンの数字が表示されない。何度試しても画面は真っ白なまま。イライラが募り、みるくは思わず叫んだ。

「なんでいまなんだよ。買う前に壊れろよ」

彼女の叫びは、空虚な部屋に響くだけだった。唯一の逃げ場所だったはずのゲームにすら見放された気がした。虚しさと苛立ちが交錯し、心が乱れていく。

みるくはその場に座り込み、スマホを眺めた。何か他にできることはないかと、無意識に手が動く。しかし、どれだけスクロールしても、心が安らぐようなものは見つからない。ネットの世界は、彼女にとってはただの薄暗い海だった。

「今度はゲームに逃げられた。新しいソフトを買ったのに、ダウンロードしてインストールしたのに…」

みるくは溜息をつき、頭を抱えた。数年間の積み重ねがすべて崩れ去るような感覚。あの日々は何だったのかと、問いかける気力も湧かない。時計の針が進む音だけが、静かに部屋を支配している。

取り残された願い
「ログインできない。セキュリティトークンの数字が表示されない。」

何度も繰り返しパソコンの画面を見つめるが、何も変わらない。セキュリティトークンは10年の寿命らしいと聞いたが、「10年…」みるくは呟きながら、遠くを見るような目をしていた。

「10年の寿命らしいのだが、『なんでいまなんだよ。買う前に壊れろよ』」

その時、みるくはひとつのことに気づいた。自分はずっと何かから逃げてばかりいたのだ。アルコール、小説、ゲーム…。どれも自分を満たすものにはならなかった。求めていたのは、安らぎではなく、ただの現実逃避だったのかもしれないと。

「ああ、どこか遠くに行きたいな」

みるくは呟きながら、ビールの缶を握りしめた。それでも、自分にはどこへも行ける場所がないことを知っていた。どこか遠くへ行きたいという願いは、ただの現実逃避の一環に過ぎない。しかし、その願いがかなうことはなかった。

ビールの缶を一気に空け、みるくは再びキーボードに手を伸ばした。現実から逃げられないことを知りつつ、それでも彼女は書き続けるしかなかった。書くことで、少しでも自分を保つことができると信じて。

真っ白な画面には、まだ何も表示されない。ログインできない画面の向こう側に、自分の居場所があるのかもしれないと、みるくはぼんやりと考えた。ビールを飲み干し、彼女はもう一度ログインを試みる。

その画面がいつか繋がることを、ただひたすら願いながら。

ああ、暇だ。

ビール買ってこよう。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白昼夢

九時せんり
現代文学
夢の中で私たちは出逢い続けるも言葉すら交わしたことがない。 その夢が覚める時、私に何が残るのか。

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

日ごとに聖書を調べる

春秋花壇
現代文学
日ごとに聖書を調べる

両親が次々と死んでいく。引きこもりニートな俺は孤独死してしまった。かわいそうに思った神様が、転生させてくれた。

春秋花壇
現代文学
両親が次々と死んでいく。引きこもりニートな俺は孤独死してしまった。かわいそうに思った神様が、転生させてくれた。心を入れ替えた俺は、世のため人のため、冒険者ギルドで頑張ってみるかー。俺TUEEE!!自画自賛をを無双する。

看護・介護

春秋花壇
現代文学
看護・介護

平凡な私が選ばれるはずがない

ハルイロ
恋愛
私が選ばれるはずはない。 だって両親の期待を裏切った出来損ないなのだから。 ずっとそうやって生きてきた。 それなのに、今更...。 今更、その方は私の前に現れた。 期待してはダメ。 縋ってはいけない。 私はもう諦めたのだから。 ある国の片田舎に、異能者の番となる特別な印を持った少女がいた。 しかし、その少女にはいつまで経っても迎えは来なかった。 両親に虐げられ、奴隷にまで落ちた少女は、全てを諦めながら残された人生を生きる。 自分を助けてくれた優しい人達に感謝しながら。 そんなある日、彼女は出会ってしまった。 彼女を切り捨てた美しい番と。 他視点あり なろうでも連載中

ガーデナー

春秋花壇
現代文学
ガーデニング

妻と愛人と家族

春秋花壇
現代文学
4 愛は辛抱強く,親切です。愛は嫉妬しません。愛は自慢せず,思い上がらず, 5 下品な振る舞いをせず,自分のことばかり考えず,いら立ちません。愛は傷つけられても根に持ちません。 6 愛は不正を喜ばないで,真実を喜びます。 7 愛は全てのことに耐え,全てのことを信じ,全てのことを希望し,全てのことを忍耐します。 8 愛は決して絶えません。 コリント第一13章4~8節

処理中です...