季節の織り糸

師走

師走

冷たい風が街の角を吹き抜け、師走の空気が肌を刺す季節になった。街のあちらこちらで、年の瀬を感じさせる飾り付けやイルミネーションが輝き、忙しさが一層増しているようだった。だが、加奈（かな）にはその喧騒が少し遠く感じられた。彼女が今いるのは、都会の中心ではなく、駅前の小さなカフェだった。

加奈は、一杯の温かい紅茶を手に、カフェの窓際に座っていた。外の景色は寒々しく、足早に歩く人々の足元には薄く雪が積もっている。窓の向こうに広がる景色は、師走の忙しさと冬の厳しさを感じさせる一方で、どこか落ち着いた雰囲気も漂わせていた。彼女は紅茶を口に運びながら、どこか遠くを見つめるような気分だった。

加奈は一昨年、突然の転職を決意し、地元を離れてこの街に引っ越してきた。最初は新しい生活に馴染むのが大変だったが、少しずつここでの生活に慣れてきた。しかし、それでもどこか心に穴が開いているような気がしていた。それは、誰にも言えなかったこと。大学時代からずっと想い続けていた人、俊介（しゅんすけ）のことだった。

俊介とは、加奈が大学で出会った相手だった。互いに文学を学び、よく一緒に過ごす時間を持ったが、いつしかその関係は友人以上、恋人未満の微妙な立ち位置に変わっていった。加奈は俊介に対して深い想いを抱いていたが、彼の方はどこか掴みどころのない人物で、加奈の気持ちを受け入れることはなかった。

そして、加奈が大学を卒業する頃、俊介は海外の大学院に進学するために、突然渡航することになった。加奈は彼を追いかけることなく、そのまま別れを迎えた。そして、時が経つにつれ、彼との想い出が胸の奥にしまわれ、加奈は前に進むことにした。だが、心の中では今でも俊介のことを思い続けていた。

その日も、カフェでぼんやりと外を見つめていると、ふと店のドアが開き、冷たい風とともに一人の男性が入ってきた。加奈はその人物に目を奪われた。彼の顔は少し見覚えがあった。思わず彼に視線を送ると、その男は加奈の方に向かって歩み寄り、笑顔を浮かべた。

「加奈、久しぶりだね。」

その声に、加奈は驚きの表情を浮かべながらも、すぐにそれを隠して微笑んだ。「俊介…！」

彼の名前を口にするのは、まるで夢を見ているようだった。俊介は少し歳を重ね、少し落ち着いた雰囲気になっていたが、目元や笑顔は以前と全く変わっていなかった。

「驚かせてごめん。帰国したんだ。久しぶりにこの街に寄って、どうしているか気になってね。」俊介は席に腰掛けると、加奈に向かってにっこりと微笑んだ。

「帰国したんですね…でも、なんで私に連絡しなかったんですか？」加奈は少し怒ったように言ったが、その口調にはほんのりと温かさが混じっていた。

俊介は一瞬困ったような表情を浮かべたが、すぐに真剣な眼差しで加奈を見つめて言った。「実は、ずっと考えていたんだ。大学を卒業してから、君がどうしているのか、何度も考えていた。でも、僕が遠くに行ってから、何も言わずに疎遠になってしまって…正直、君に対して何もできなかったことを後悔してる。」

その言葉に加奈の胸が震えた。あの頃、彼の気持ちを知りたかったが、彼が遠くに行ってしまったことでそれが叶わなかった。しかし、今ここでその言葉を聞けるなんて思ってもみなかった。

「俊介…」加奈は少し言葉を詰まらせながらも、彼の目をじっと見つめた。「私はずっと、あなたのことを思っていました。あの時、何も言わずに別れたことがずっと心に引っかかっていて。でも、今あなたがこうして帰ってきてくれたことが、嬉しいです。」

俊介は加奈の言葉を静かに聴きながら、少しだけ表情を和らげた。「僕も、君がどうしているのか気になっていた。でも、今こうして再会できたことが、すごく嬉しいよ。」

その時、二人の間に静かな空気が流れた。カフェの温かな灯りの中で、時折外の風が強くなってカフェの窓を揺らす音だけが響く。加奈はその静かな瞬間を大切に感じた。俊介が戻ってきてくれたこと、そしてお互いにまだ想い合っていることが、まるで奇跡のようだった。

「これから、どうするつもりですか？」加奈は少し恥ずかしそうに言った。

俊介は少しだけ考えてから、優しく言った。「君と、これからのことを考えてみたいと思っている。もちろん、無理に急ぐつもりはないけれど、これから一緒に過ごす時間を少しずつ取り戻していけたらと思う。」

加奈はその言葉を聴きながら、胸の中で何かが弾けるような気がした。師走の冷たい風の中で、彼の言葉は温かく、心に染み渡った。加奈はゆっくりと息を吸い込み、少しだけ頷いた。

「私も、そう思います。」

そして、二人は再び笑顔を交わした。外の寒さにもかかわらず、カフェの中では温かな光と心が交わっていた。冬の冷たい空気が二人の間で溶け、少しずつ新しい未来へと歩み始める瞬間が、確かに感じられた。