季節の織り糸

春秋花壇

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夕霧

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夕霧

夕暮れ時、霧が山間を漂う頃、彼女はひとり、薄曇りの空を見上げていた。その霧が、彼女の心を覆っているような気がして、胸が締め付けられるようだった。名は和泉(いずみ)。小さな村で育った彼女は、都会の喧騒を嫌い、静かな山村に戻ってきていた。

彼女がこの村を離れたのは、大学進学のためだった。都会での生活は思ったよりも慣れるのが早く、友人や仕事に追われる日々を送っていた。しかし、ある日、実家の父親が病気になったという知らせを受けて、和泉は急いで故郷に帰る決意をした。

帰ってきた村は、すっかり変わっていた。昔、彼女が走り回っていた小道はすっかり舗装され、周囲の景色は思っていたよりも人の手が入っていた。しかし、何か懐かしく、落ち着く雰囲気もあった。

「おかえり、和泉。」父が病床で微笑んだ。彼女はその笑顔に安心し、父の看病をしながら、この村の生活に慣れていった。

だが、彼女が戻ってから数ヶ月、何かが心に引っかかるようになった。それは、久しぶりに会った彼だった。

彼の名は浩司(こうじ)。幼い頃からの友人であり、和泉の心の中で特別な存在だった。しかし、大学に進学すると同時に、彼は東京に仕事を求めて出ていき、二人の関係は途絶えていた。まさか、また再会することになるとは思わなかった。

その再会は、村の祭りの日だった。彼は何年ぶりかに村に戻ってきて、偶然和泉と出会ったのだ。最初はお互いにぎこちなく、過去の思い出を言葉にすることはなかった。ただ、互いに微笑み合い、久しぶりの再会を喜び合った。それだけで十分だった。

その日から、彼との距離が少しずつ縮まっていった。浩司は、都会での生活に疲れていたのか、村に帰ってきてからはのんびりとした時間を過ごしていた。村の風景や風情が彼にとっても懐かしく、彼は何度も和泉と一緒に散歩をしたり、話をしたりして過ごした。

ある日、夕暮れ時、和泉は家の前の小道を歩いていた。夕陽が山の上に沈み、霧が静かに立ち込めていくその瞬間、浩司が背後から歩み寄ってきた。

「和泉、ここに来て、やっぱり良かったと思うか?」

浩司の声は、まるで風のように優しく、和泉の心にしみこんだ。和泉は少し立ち止まり、霧が立ち込める景色を見渡しながら答えた。

「うん、やっぱり落ち着く。でも、何かが変わった気がする。村も、私も、全部。」

浩司は少し間をおいて、静かに言った。「俺もだよ。昔はこんな風に、のんびりすることなんて考えられなかったけど、今はこうして和泉と過ごせて、何だか心が安らぐ。」

その言葉に和泉は驚き、そして胸が温かくなった。浩司は都会で忙しく働いているはずだと思っていたけれど、今の彼はどこか穏やかで、落ち着いていた。昔の浩司は、どこか遠くに感じていたのに、今はすぐそばに感じる。彼の存在が、和泉の中で大きくなっていくのを感じた。

「浩司…」和泉は立ち止まり、彼を見つめた。「あの頃、私たち、すごく近かったよね。けど、あのままでいられたらよかったのに、なんで別々の道を歩いてしまったんだろう。」

浩司は少し黙ってから、ゆっくりと答えた。「それは、きっと俺たちがまだ若かったから。お互いに成長しなければならなかったんだと思う。でも、今こうしてまた会えたのは、何か運命的なものを感じる。」

その言葉に和泉の胸は高鳴り、彼の目をじっと見つめた。浩司の目には、かつての少年のような無邪気さが残っているように思えた。それと同時に、大人になった彼の強さと優しさも感じ取れる。和泉は思わず手を伸ばして、浩司の手に触れた。

その瞬間、浩司は優しく微笑んだ。「和泉…」

彼の声が、霧の中に響くように感じた。和泉は、その声を聴きながら、心の中で何かが溶けるのを感じた。あの日、都会にいるときは感じられなかった温かさが、今、ここにあった。

「浩司…」和泉はもう一度、名前を呼び、静かに彼を見つめた。「もしかしたら、私たちは、また別の道を一緒に歩んでいけるかもしれないね。」

浩司はその言葉に答えるように、彼女の手をそっと握り返した。「そうだな。夕霧の中で、もう一度歩き出すように。」

霧が深まる中、二人はゆっくりと歩き始めた。山の小道を、手を繋いで。秋の夕暮れ、静かな霧の中で、和泉の心はあたたかさと希望に包まれていた。







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