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暮れゆく秋の約束 10月23日

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「暮れゆく秋の約束」

10月23日、東京の街は爽やかな秋の空気に包まれていた。日差しは穏やかで、涼やかな風が吹き抜ける中、静かに季節は暮れの秋へと移り変わろうとしていた。

三浦紗季(さき)は、駅前の小道を歩きながら、淡い月が早くも浮かび始めた空を見上げた。この時期、空はどこか特別な色を帯びている。秋の終わりを告げるような冷たい空気の中、少し寂しさを感じつつも、心の中には静かな期待があった。今日は大切な人に会える約束の日だった。

彼の名前は、藤村陸(りく)。大学時代からの友人であり、かれこれ5年以上の付き合いになる。しかし、二人はずっと友達以上の関係には進めずにいた。陸は、いつも何かを抱えているようで、彼の心の中に踏み込むことができず、紗季はその距離感に悩んでいた。

今日はそんな陸と、久しぶりにゆっくり話す機会だった。彼からの誘いで、十三夜の月を見ながら秋を収める会を開こうという提案があったのだ。十三夜の月は、日本では「栗名月」とも呼ばれ、特に美しいとされる。紗季は、その誘いを受けることに少し迷ったが、やはり彼に会いたい気持ちが勝り、承諾した。

第1章 陸の秘密
紗季が駅に着いた時、陸はすでに待っていた。いつも通り、少し不器用な笑みを浮かべている。

「紗季、遅くなってごめん。ちょっと早く着いちゃってさ」と陸は照れくさそうに言った。

「いいのよ、私もさっき着いたばかりだから。行きましょうか、今日はいい月が見れそうね」

二人は駅から少し離れた公園へと向かった。秋が深まり、松の木々が静かに風に揺れる中、月が徐々に輝きを増していった。途中、楝(おうち)の木に実がなっているのを見つけた紗季は、ふと子供の頃を思い出した。

「昔、祖父母の家に行くと、よく楝の実を拾って遊んでたの。小さな丸い実が転がるのが面白くてね」

「そんなことがあったんだ」と陸は、紗季の話に耳を傾けた。彼は無口だが、いつも彼女の話を真剣に聞いてくれる。その態度が紗季を安心させた。

公園に着いた二人は、木々の間に敷かれたベンチに腰を下ろした。松の手入れがされたばかりの美しい景色が広がる。秋の夜風が涼しく、心地よい。

「紗季、今日はありがとう。君と一緒に十三夜を過ごせるなんて、幸せだよ」

「こちらこそ、誘ってくれて嬉しかった。最近、ずっと忙しくて、こうして落ち着いて話すのは久しぶりだものね」

二人は静かに月を眺めた。満ちていく月が、夜空に溶け込むように光り、松の影が美しい模様を作り出している。しばらくの沈黙の後、陸が口を開いた。

「紗季、俺…実はずっと言いたかったことがあるんだ。でも、どうしても言い出せなくて」

紗季は驚いて彼を見つめた。陸がこんな風に自分から話し始めることは珍しい。いつも何かを隠しているような彼が、今日は何か大切なことを打ち明けようとしているのだと感じた。

「何?どうしたの?何でも聞くよ」

陸は深く息を吸い込んでから、ゆっくりと話し始めた。

「実は、俺、ずっと紗季に言えなかったことがあって…好きなんだ。大学時代から、ずっと。でも、自分に自信がなくて、友達のままでいる方がいいんじゃないかって思って、言えなかった」

その言葉に、紗季の心臓が大きく跳ねた。ずっと曖昧な距離感を保っていた二人の関係が、今、この瞬間に大きく動き出している。紗季もまた、陸に対して特別な感情を抱いていたが、それを表に出すことはなかった。

「私も…陸のこと、好きだった。ずっと。でも、あなたが何か抱えているように見えて、踏み込んでいいのかわからなかったの」

二人はしばらく無言で、互いの顔を見つめ合った。秋の夜風が、松の間を吹き抜け、わかめの香りが漂うような潮の香りも感じる。まるで自然が二人を包み込んでいるかのような、そんな静かな時間だった。

第2章 秋の実と約束
その時、木の下に転がる赤い実に紗季の目が留まった。

「あれ、あかのままね。秋になると、この茨の実が赤く熟すんだ。昔、よく母と一緒に拾いに行ったのを覚えてる」

「俺も見たことある。秋って、いろんなものが実を結ぶんだな」

陸の言葉に、紗季は笑顔を返した。彼の表情はどこかほっとしたように見えた。

「これからも、こうして一緒にいられるといいね」

紗季は静かにそう言った。二人の距離は今、確かに縮まっていた。秋の霖(りん)のようにしっとりとした雨が降る日も、鵙(もず)の声が響く澄んだ空気の中での一日も、これからは二人で過ごすことができるという希望が、彼女の心に静かに広がった。

「紗季、これからも一緒にいてほしい。もう迷わない。俺たち、ずっとこうして話していこう」

陸の言葉に、紗季は頷いた。彼の手がそっと紗季の手に触れる。秋収めの夜は静かに深まっていくが、二人の心には確かな約束が芽生えていた。

それからの夜、二人は秋の名残を感じながら、ずっと話し続けた。秋の黴雨(ばいう)が降る日も、残る虫の音が響く夜も、二人は一緒に過ごしていく。冬が近づく中でも、彼らの心には温かな灯火がともり続けていた。


10月23日

爽やか

暮の秋



松手入

楝の実





秋収め

十三夜

陸 稲

あかのまま

山法師の実

醂し柿

秋黴雨

茨の実

秋 霖

残る虫

暮の秋

牛 膝
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