季節の織り糸

春秋花壇

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八月の終わり、秋の始まり

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「八月の終わり、秋の始まり」

八月の終わり、まだ夏の名残が感じられる沖縄の片田舎。空には赤蜻蛉が舞い、蜩の声が響く夕暮れ時。青い空が次第に茜色に染まり、夜の訪れを知らせていた。ミナは縁側に座り、木槿の花を眺めていた。朝に咲き、夕方には萎むその花は、儚さと共に季節の移ろいを感じさせる。

庭には祖母が大切に育てている秋の草が揺れていた。ねこじゃらしが風にそよぎ、猫のように遊んでいるように見える。その傍らで、鉦叩が涼しげな音を立てていた。祖母はこの音を聞くといつも、「秋が来たね」と笑顔を見せたものだ。ミナはその声が恋しくて、縁側で静かに耳を傾けている。

その日、ミナは祖母のために仏壇の前に流燈を飾る準備をしていた。流燈は祖先の霊を迎えるためのもので、沖縄ではこの時期になると多くの家で見かける。ミナは灯火に火をともすと、静かに手を合わせた。「おばあちゃん、今年も流燈を飾ったよ。どうか見守っていてね。」

祖母は数年前に亡くなったが、その思い出は今も鮮明に残っている。夏の終わり、祖母が毎年行っていた茗荷の子の収穫が特に印象的だ。小さな茗荷の芽を摘み取り、食卓に並べるのが祖母の楽しみだった。ミナもその姿を見て育ち、今ではその役目を引き継いでいる。

「今日は茗荷の子を摘みに行こうか。」ミナは心の中で祖母に話しかけるように呟いた。そして、庭の隅にある茗荷の株に近づいた。葉をそっとかき分けると、小さな茗荷の芽が顔を出している。ミナはそれを摘み取りながら、祖母と過ごした日々を思い出していた。

夕暮れの風が肌に心地よく、秋涼しの気配が漂っていた。ミナは摘んだ茗荷の子を手にしながら、ふと空を見上げた。遠くには秋の草が茂り、その中にむくげの花が咲いているのが見える。むくげは木槿に似ているが、花の色や形が少し違う。その違いを祖母と一緒に探して遊んだことを思い出し、ミナは微笑んだ。

「祖母は本当に植物が好きだったなぁ。」ミナは小さな声で呟き、再び茗荷の子を摘む手を動かした。その時、庭先で何かが動いた気配がした。ミナが振り返ると、猫がねこじゃらしに戯れている。猫じゃらしは秋の草の一つで、猫が夢中になる様子がその名前の由来だ。

「お前も遊びに来たのかい?」ミナは猫に声をかけた。猫は一瞬こちらを見たが、すぐにねこじゃらしに戻り、じゃれ続けている。その姿を見て、ミナはまた祖母のことを思い出した。祖母は猫が好きで、いつも庭先に猫じゃらしを植えていた。そして、猫たちが遊ぶ様子を眺めながら、「今年も良い秋が来るね」と話していた。

夕暮れが深まり、空には一番星が輝き始めた。ミナは摘んだ茗荷の子を持って縁側に戻り、祖母の仏壇に供えた。「おばあちゃん、今年も茗荷の子を摘んだよ。どうか喜んでね。」ミナは手を合わせ、静かに目を閉じた。その時、風が一層涼しくなり、まるで祖母がそばにいるかのような感覚に包まれた。

その晩、ミナは縁側で赤蜻蛉を見ながら、夜の静けさに浸っていた。蜩の声は次第に弱まり、秋の夜が深まっていく。ミナはその静けさの中で、祖母の声を思い出しながら、季節の移ろいを感じていた。「秋は、瞬間が咲かせる花であり、時間が実らせる果実だ」と、祖母はよく言っていた。その言葉を胸に、ミナは祖母との思い出を大切にしながら、秋の始まりを迎えていた。

次の日、ミナは祖母の墓参りに出かけた。墓石を洗いながら、涼やかな風が吹き抜ける。「おばあちゃん、今年も秋がやってきたね。涼新たな風が気持ちいいよ。」ミナはそう言いながら、墓前で静かに手を合わせた。秋づく季節の中で、ミナは祖母との絆を感じ続けていた。

帰り道、ミナは鰹を売る露店に立ち寄った。八月の終わりに旬を迎える鰹は、沖縄の食卓には欠かせないものだ。「祖母もよく鰹を買ってたなぁ」と思い出しながら、ミナは鰹を買って家に戻った。その日の夕食は、鰹のたたきと摘んだ茗荷の子を使った料理で、祖母との思い出話に花が咲いた。

「おばあちゃん、今年も一緒に秋を迎えようね。」ミナは心の中でそう呟き、縁側に座って夕暮れの空を見上げた。赤蜻蛉が舞う空には、秋の訪れを告げるように、夜の星が輝き始めていた。季節は巡り、また新しい秋がやってくる。その瞬間を大切にしながら、ミナはこれからも祖母との思い出を心に刻んでいくのだろう。


***


8月29日 季語

赤蜻蛉

鉦叩

ねこじゃらし



木槿

むくげ

秋の草

夜の

猫じゃらし

寒蝉

流燈



秋づく

秋涼し

滴り

八月

渋取

茗荷の子
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