季節の織り糸

春秋花壇

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飛んで火にいる夏の虫

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飛んで火にいる夏の虫

蒸し暑い夏の夜だった。田舎町の外れにある小さな集落では、窓を開け放った家々の明かりが淡く夜道を照らしていた。その光に引き寄せられるように、夜空を飛び交う無数の虫たちが集まってきていた。

その中に、一匹の蛾がいた。翅に夏の月光を浴びて白く輝くその蛾は、ひらひらと軽やかに飛びながら、やがて一軒の家の灯りに向かってまっすぐに進んでいった。

家の中では、年老いた男が一人、蚊取り線香の煙に包まれながら縁側に座っていた。彼は、かつては賑やかだったこの家で、今では一人静かに夜を過ごしていた。老眼鏡をかけた目を細め、手元の古びた新聞を読みふけっていたが、ふと顔を上げた瞬間、蛾が自分に向かって飛んでくるのを見つけた。

「おい、こっちに来るなよ」

男はそうつぶやいたが、蛾は耳に届くはずもなく、そのまま彼の目の前の灯りに吸い寄せられていった。蛾は灯りの明かりに夢中になり、危険を顧みることなく、その周囲を旋回し始めた。

「飛んで火にいる夏の虫とは、まさにこのことか…」

男は苦笑しながら、昔母親から聞かされた言葉を思い出した。それは、愚かさから自らの破滅を招く者への警句だった。彼はその言葉の意味を深く考えたことはなかったが、この蛾の姿を見て、初めてその意味が身に染みるように感じた。

蛾はますます灯りに近づき、ついにその熱に触れてしまった。小さな翅が焼かれ、羽ばたきが乱れる。その瞬間、男は何かを感じて立ち上がり、蛾を助けようと手を伸ばした。しかし、間に合わなかった。蛾はふらふらと灯りに突っ込み、その命を終えた。

男はその小さな命が燃え尽きる瞬間を見届け、深い溜息をついた。彼は手元にあったうちわを使い、煙を追い払うと、再び縁側に腰を下ろした。今度は、目の前の新聞ではなく、自分の過去を思い返すように、遠くを見つめていた。

彼の心には、一つの後悔があった。若い頃、ある夢を追いかけて都会へ出たが、その道は厳しく、何度も挫折を味わった。だが、夢を諦めきれず、さらに深みに嵌っていった。自分が目指したものが、実際には手の届かないものだったと気付いたのは、ずっと後になってからだった。

「俺も、飛んで火にいる夏の虫だったのかもしれないな…」

彼はそう呟きながら、自分の人生を振り返った。愚かさから何度も同じ過ちを繰り返し、その結果、多くのものを失った。家族も、友人も、そして健康さえも。今、この静かな家に残されたのは、自分一人だけだった。

外の風がそよと吹き、蛾の残骸を軽く揺らした。その姿に、彼はもう一度深い溜息をついた。

「それでも、生きていくしかないんだな…」

彼は、もう一度立ち上がり、家の中に戻った。そして、明かりを消して夜の闇に身を委ねた。外の世界から切り離された静寂の中で、彼は今夜も眠りにつくのだろう。夢の中で、かつての輝かしい夢を追いかけ続けるのかもしれない。

しかし、目が覚めればまた現実が待っている。彼はその現実に向き合うために、再び小さな一歩を踏み出す。飛んで火に入る夏の虫であったとしても、その命が尽きるまで生き続けるしかないのだ。








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