季節の織り糸

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
14 / 278

秋の夜、短き命の物語

しおりを挟む
秋の夜、短き命の物語

秋の夜が静かに深まる。茜草(あかねぐさ)の葉が揺れる庭の片隅で、夜の闇はしんと広がっていた。秋の蝉が最後の鳴き声を絞り出すように響かせる中、彩音は縁側に腰を下ろし、手元の夏の名残を見つめていた。彼女の手には花火の残り殻が握られており、その黒ずんだ紙筒が夏の終わりを象徴していた。

「花火も終わり、朝顔も枯れてしまった…」

彩音は、ほんの数週間前まで元気に咲いていた朝顔を思い出しながら、小さな溜息をついた。夏の夜に星月夜を見上げ、仲間たちと笑いながら打ち上げた花火。その光の残像が、今ではただの殻として手の中に残っている。季節は移り変わり、今朝の庭には茗荷の子が顔を出し、蓮の花が静かにその花弁を閉じていた。

秋暑し、日中はまだ夏の名残が感じられるが、夜の涼しさが彩音の心を癒してくれる。彼女は目を閉じ、遠くで鳴く秋の蝉の声に耳を澄ます。これもまた、短い命を全うしようとする一つの音に過ぎない。彩音はその音に、自らの心の声を重ね合わせる。

「私も、この命を精一杯生きなければ…」

星月夜の空には、有明の月が静かに輝いている。その光が庭の花々に優しく降り注ぎ、茜草の葉を淡く照らしている。彩音はふと、沖縄で過ごした夏の日々を思い出した。あの青い海と、桃のように甘い風景。彼女はその時、永遠のように思えた夏の日差しの中で、何もかもがこのままで続くと思っていた。

だが、季節は必ず巡り、秋がやってくる。下り簗の流れに乗せられるように、時は過ぎ去り、あの夏の日々も遠くへ流れていく。彩音はそんな時の流れを感じながら、とんぼが静かに飛び回る様子を見つめる。秋の風物詩、落蝉も地に落ちて、その一生を終えようとしていた。

「この世界には、すべてが一瞬の輝きを持っている…」

彩音はそう思いながら、夜空を見上げる。星月夜の空には、再び月が顔を覗かせていた。その光が庭の片隅に照らし出したのは、小さな孑孑(ぼうふら)が水面を揺らす姿だった。彼らもまた、短い命を精一杯生きようとしている。

秋の夜、彩音は自分が生きている意味を考える。その中で感じたのは、短い命の中にも確かな価値があるということ。星月夜に照らされた庭の風景は、彼女にとって大切な思い出と新たな決意を繋ぐ場所となった。

「私も、この秋をしっかりと生きていこう」

彩音はそう心に誓い、静かに縁側から立ち上がる。夜の茜草の葉が揺れる庭を後にし、彼女は再び明日へと歩き出す。その歩みは、短い命を持つすべての存在への敬意と感謝を込めたものだった。

秋の夜、星月夜の空の下で、彩音は新たな一歩を踏み出した。それは、夏の名残を胸に抱きながらも、新しい季節に向けて力強く生きる決意の表れだった。


秋暑し

夜の

茜草

秋の蝉

花火殻

朝顔

今朝の

茗荷の子

蓮の花

星月夜

有明

沖縄



下り簗

とんぼ

落蝉

星月夜

孑孑 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

感情

春秋花壇
現代文学
感情

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

陽だまりの家

春秋花壇
現代文学
幸せな母子家庭、女ばかりの日常

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

妻と愛人と家族

春秋花壇
現代文学
4 愛は辛抱強く,親切です。愛は嫉妬しません。愛は自慢せず,思い上がらず, 5 下品な振る舞いをせず,自分のことばかり考えず,いら立ちません。愛は傷つけられても根に持ちません。 6 愛は不正を喜ばないで,真実を喜びます。 7 愛は全てのことに耐え,全てのことを信じ,全てのことを希望し,全てのことを忍耐します。 8 愛は決して絶えません。 コリント第一13章4~8節

処理中です...