ギリシャ神話

創作

網にかかった愛

「網にかかった愛」

オリュンポスの宮殿では、美と愛の女神アフロディーテと鍛冶の神ヘパイストスが夫婦として暮らしていた。とはいえ、その結婚生活は決して幸福ではなかった。美の象徴であるアフロディーテと、不格好な外見で知られるヘパイストス。二人の間には深い溝があった。

アフロディーテはその孤独を埋めるように、軍神アレースと密かに逢瀬を重ねていた。燃えるような情熱を持つアレースは、アフロディーテの退屈な日常を塗り替える存在だった。二人は逢瀬の度に、快楽と興奮の中で愛を語り合った。

密会の始まり
その日も、アフロディーテとアレースはこっそりとアフロディーテの寝室で会っていた。金色の陽光が部屋を照らす中、二人は囁き合う。

「ヘパイストスは？」とアレースが囁く。
「鍛冶場に籠っているわ、心配しないで。」とアフロディーテは軽やかに答えた。

二人が甘い瞬間を楽しんでいる一方で、ヘパイストスは部屋の外で密かにその様子を見守っていた。彼は風神アイオロスから二人の密会について密告を受けていたのだ。

ヘパイストスの計画
「彼らを許すわけにはいかない。」ヘパイストスの瞳には怒りが宿っていた。しかし彼の怒りは、感情的なものではなく、冷静かつ緻密な計算を伴ったものだった。彼は自らの技術を駆使し、見えない金属の網を作り上げた。この網は、目に見えず、触れても冷たさを感じない。だが、いったんその中に入れば逃れることはできないのだ。

網にかかる愛人たち
翌日、ヘパイストスは意図的に鍛冶場を離れたふりをした。彼の計画通り、アフロディーテはアレースを呼び寄せた。二人がベッドに身を横たえた瞬間、見えない網が天井から降り、二人を絡め取った。

「何なの、これ！」アフロディーテは叫んだが、動けば動くほど網はきつく締まり、逃げられなくなった。アレースも同じだった。

そのとき、部屋の扉が重々しく開いた。ヘパイストスが入ってきたのだ。彼の顔には怒りの色が濃く漂っている。

「おや、これは珍しい組み合わせだ。」ヘパイストスの声には冷たい嘲笑が混じっていた。

アフロディーテは羞恥に顔を赤らめた。一方、アレースは力で網を引きちぎろうとしたが、その神の力をもってしてもびくともしなかった。

神々の見世物
ヘパイストスはそのまま他の神々を呼び寄せた。ゼウス、ヘラ、ポセイドン、アポロンらが次々と集まり、二人の醜態を目撃した。ゼウスが最初に声を上げた。

「アレース、お前が愛の神の相手を務めるとはな！」彼は大声で笑った。
ポセイドンも苦笑しながら、「ヘパイストス、これで満足か？網を解いてやれ。」と促した。

ヘパイストスは神々の哄笑を聞きながらも、一つ条件を提示した。「アレースよ、私の妻に手を出した償いとして、誓いを立てよ。二度とアフロディーテに近づかないと。」

アレースは悔しそうに唇を噛みながらも、その条件を受け入れざるを得なかった。ヘパイストスは網を解き、二人は解放されたが、彼らの間に漂う緊張感は消えなかった。

その後
解放されたアフロディーテはヘパイストスに何も言えず、黙って部屋を出た。一方のヘパイストスも、これ以上妻を責めることはせず、自らの鍛冶場へ戻った。

神々の間では、この事件は笑い話として語り継がれた。だが、アフロディーテとヘパイストスの関係に修復の兆しは見られなかった。そしてアフロディーテの心は、愛する自由を奪われた苦しみでさらに深く裂かれていった。

「網にかかった愛は、絡み合うほどにほどけなくなる。」ヘパイストスは一人、火花が散る鍛冶場でつぶやいた。

愛と怒り、羞恥と笑いが入り混じるこの物語は、神々の気まぐれな性質を見事に表している。そして、人間と同じく、神々の愛もまた複雑で、決して一筋縄ではいかないのだった。