このユーザは規約違反のため、運営により削除されました。 前科者みたい 小説家になろうを腐ったみかんのように捨てられた 雑記帳

罪なき者

罪なき者

その朝、街の静けさを破るように、興奮した足音が響いていた。書士とパリサイ人たちは、罪を犯したとされる女性を連れてきた。彼らは彼女を、無理やり群衆の前に立たせ、イエスの前に引き寄せた。女性は顔を伏せ、手を震わせながらその場に立っていた。その目はどこを見ているのか分からない、深い絶望に満ちていた。

「師よ、この女は現に姦淫を犯しているところを捕らえられました」と、パリサイ人たちの一人が叫んだ。「モーセの律法では、こういう女を石打ちにすることが命じられています。あなたは何と言われますか？」

彼らの声には挑戦と侮蔑が込められていた。それは、イエスが何を言うかを試し、反論を得て彼を陥れるための計略だった。しかし、イエスは何も言わず、ただ静かに地面に指で何かを書き始めた。彼の目は地面に向けられ、まるで彼の心が別の世界に漂っているようだった。

群衆が静まり返る中、書士たちは焦りを感じながら再び言った。「あなたの意見を聞かせてください。」

イエスはゆっくりと身を起こし、冷静に言った。「あなた方の中で罪のない者が、最初にこの女に石を投げなさい。」

その一言は、まるで鋭い刃のように、周囲の空気を切り裂いた。人々は息を呑んだ。誰もが、イエスの言葉に反論することなく、黙ってその場に立ち尽くしていた。彼らは誰もが、自分自身の罪深さを知っていたからだ。

イエスは再び地面にかがみ、指で何かを書き続けた。書士たちは一瞬動きを止め、そして、年長者から順に、静かにその場を離れ始めた。ひとり、またひとりと、彼らは去って行き、最後にはイエスと、そしてその女性だけが残った。

静寂が訪れた。女性は今でも顔を上げることができなかったが、彼女の心の中には一筋の光が差し込んできた。彼女は自分が死を迎えるはずだと覚悟していた。だが今、その死を突きつけた者たちがいなくなってしまった。心の中で混乱と驚きが渦巻いていた。

イエスが身をまっすぐに起こし、静かに彼女を見つめた。その瞳には、無条件の慈愛と理解が宿っていた。

「女よ、彼らはどこにいるのですか？だれもあなたを罪に定めなかったのですか？」

女性は震えながら顔を上げ、周囲を見渡した。しかし、誰もいなかった。彼女の目に浮かんだ涙は、どこか解放されたように感じられた。声を震わせながら答える。

「だれも、だんな様。」

その言葉に、イエスは穏やかな微笑みを浮かべた。そして、彼女に向かって言った。「わたしもあなたを罪には定めません。行きなさい。今からは、もう罪を習わしにしてはなりません。」

その言葉は、彼女にとって新たな始まりの合図だった。イエスの言葉は、彼女の心に深く刻まれた。彼女は、もはや過去の自分に縛られることはなかった。そして、彼女はその瞬間、自分の人生を新たに歩み始める決意を固めた。

女性は静かに歩き出した。周囲の人々が彼女をどう見ているのか、もはや気にすることはなかった。彼女は一歩一歩、自分自身の新しい未来に向かって歩んでいた。過去に犯した罪を背負いながらも、彼女はそれを悔い改め、前を向いて歩くことを選んだ。

イエスはその背中を見つめながら、ただ静かに立ち尽くしていた。彼の心には、彼女を救ったことへの安堵とともに、もう一つの思いがあった。彼女がどんな道を歩んでも、彼はその道を照らし続けるだろう。それが彼の使命であり、彼の愛の形だった。

そして、彼女の姿が見えなくなると、イエスは静かに息を吐き、再び地面に指をつけて書き始めた。彼の手の中で書かれているものが、誰にも見えないことが、かえって彼の心の中の平穏を象徴しているようだった。

誰もが過去に囚われ、罪に縛られている。しかし、許しと愛をもって歩むことができる。その道を示すこと、それがイエスの教えであり、彼がこの世界に生きている理由だった。