このユーザは規約違反のため、運営により削除されました。 前科者みたい 小説家になろうを腐ったみかんのように捨てられた 雑記帳

選び取ること

「選び取ること」

田中涼子は30代後半の働く母親だ。彼女は大手広告代理店の営業部でチームリーダーとして忙しい日々を送っていた。朝早くから夜遅くまで仕事に追われ、家に帰ると小学生の娘、真由のために夕飯を作り、宿題を見てやる日々だ。夫の亮介も同じく多忙なサラリーマンで、家のことはほとんど涼子に任されていた。

ある日の夜、真由が学校から持ち帰ったプリントをテーブルに置いた。「お母さん、見て。私、今度の合唱コンクールでソロをやるの！」涼子はその言葉に一瞬、ほほを緩めた。真由が人前で歌うのが好きだったことを知っている。だが、その次の瞬間、心の中に影が落ちた。「でも、その日は大事なクライアントとの会議があるんだ…」そう思うと、涼子の表情は曇った。

仕事と家庭、どちらを優先するべきか。涼子はいつもその選択に悩まされていた。彼女はキャリアウーマンとしてのプライドを持ち、会社の中での評価も高い。だが、真由の成長を見守り、寄り添う母親としての役割を果たしているかどうか、不安は常に心の奥底にあった。

涼子は仕事の合間に娘の合唱コンクールの日程を確認した。やはり、大事なプレゼンテーションと重なっている。涼子は迷ったが、最終的に仕事を優先することを決めた。チームのリーダーとして、自分が出席しないわけにはいかないと自分に言い聞かせた。真由には、プレゼントとして新しい歌の練習用の録音機を渡し、「ごめんね、その日は仕事があるの」と告げた。真由は一瞬悲しそうな顔をしたが、「うん、わかった」と、無理に微笑んだ。

そして迎えたコンクールの日。涼子はオフィスでクライアントとの重要な会議を進めていた。会議は成功裏に終わり、クライアントからも高評価を得た。だが、その達成感は涼子の胸に空虚な感情を残した。昼休みの合間にスマートフォンで真由の様子を確認しようとしたが、ビデオも写真もなかった。真由が帰宅した後、涼子は彼女の顔を見るのが怖かった。仕事を選んだことが間違いだったのかもしれないと後悔の念が押し寄せた。

真由はその晩、静かに涼子に一枚のメダルを差し出した。「これ、みんなで頑張ったからもらったの。お母さん、見に来られなくても大丈夫だよ。」その言葉は涼子の心を鋭く刺した。真由は理解しているように見えたが、その背後にある寂しさを涼子は見逃すことができなかった。

涼子は深夜、ひとりでリビングに座り込み、溜め息をついた。「私は何を捨てているのだろう？」涼子はその問いに答えを見つけることができなかった。彼女はキャリアを追い求める中で、家庭の時間を捨ててしまっていることに気づいていたが、それをどう変えれば良いのかが分からなかった。

翌朝、涼子は会社に行く準備をしていると、真由が突然「お母さん、今日は学校の見学会があるんだけど…来られないよね？」と聞いてきた。涼子は一瞬、返事に困った。見学会など、仕事の優先順位には到底及ばないイベントだ。しかし、その瞬間、涼子は何かが変わったように感じた。真由の瞳には小さな期待と、過去の失望が混じっていた。

涼子はその日、会社に「今日は午後から休みをいただきます」と連絡を入れた。初めて、涼子は仕事ではなく家庭を選んだのだ。見学会では、真由が自分の教室を案内し、友達を紹介してくれた。真由の笑顔は今まで見たことのないほど輝いていた。「お母さん、今日はありがとう！」その言葉は涼子の心に深く響いた。

仕事は大切だが、それ以上に大切なものがあると涼子はようやく気づいた。彼女はこれからも選択を迫られるだろうが、その度に何を捨て、何を守るべきかを慎重に考えようと決意した。涼子の中で、少しずつだが、働く母親としての新しい生き方が見え始めたのだった。

選択をすることは何かを捨てること。しかし、捨てることで得られるものもある。涼子は初めてその意味を知った。彼女はまだ完璧な母親ではなかったが、真由との時間を大切にすることで、これからの道が少しずつ見えてきたような気がした。涼子の選択は、今後も彼女の人生を大きく変えていくのだろう。