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愛 LOVE 優 3

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「あれなんです。あれ」

がそごそごそ。

その黒い大きな物体はトイレの扉を開けたとたん、向かって右へと小走りに移動して行った。

飛んで来たばかりなのか、羽を半端に出していつもより横に大きく見えた。

小さい茶ばネじゃない。

正真正銘のあいつ。

「不法侵入だ、逮捕するーー」

嫌いな人、嫌い物と一緒にいるほど人生は長くない。

「ひーーー」

わたしは自慢じゃないけど、コイツが本当に苦手。

ああ、思い出しただけで身の毛がよだつ。

背中にさわさわと悪寒が走る。

精神薬の副作用アカシジアのように

「いいいいいいいいいい」

って、顔をゆがませてしまう。

口に手をあて

「ひーーーーー」

と、悲鳴をあげたくなる。

そう言う一連の感情と行動は自分でも納得がいく。

嫌いなのだ。そう、大嫌いなのだと。

ところが、わたしはわけのわからない事を次にした。

右に移動して芳香剤やトイレ用ブラシ、洗剤の物陰に隠れているあいつを無視して、

下着を下げて、用を足したのだ。

まるで何もなかったかのように。

どう考えてもおかしいだろう。

あいつと一緒の部屋にいるなんて、考えただけで恐ろしい事だ。

なのに……。

用をたしたわたしは、スプレーを捜す。

あいにく、あいつ用のスプレーは軽くなっていて殆ど中には入っていないみたい。

仕方なく、蠅、蚊用のスプレーを蒔いて扉を閉めた。

でも、あいつは多分いない。

おそるおそる物をどかしてみるのだけど、死体もない。

あいつはいけしゃあしゃあとこの非常事態を生き延びて、何処かにまた移動したのだ。

何年ぶりだろう。あいつを見たのは。

東京のゴキブリは、でかい。黒い。

根絶したはずなのに、何処からか飛んでくる。

網戸があるのに、家の中に入り込む。

私の生まれた山口県の萩市にはあいつはいない。

東京に出てきて初めてあいつを見た時は、「ゲンゴロウ」だと思った。

水辺でもないのに、良く生息できるなって感心したんだ。

住み込みで舞妓の仕事をしていた時に

置屋のお母さんやお姉さん芸者さんたちと麻雀をしている時に現れた。

こともあろうに、扇風機が回っている傍に座っている私の背中に入り込んで

ごそごそと蠢いたんだ。

ゲンゴロウだと思い込んでいる私は、

「なんでこんなところにいるの?」

と、脳内お花畑の質問をお姉さんたちにした。

「黒い大きな虫が背中をはいずってる」

田舎育ちの私は初めての現象に心ときめかせて、きゃっきゃとはしゃいでいた。

背中を置屋のお父さんが丸めた新聞でたたいてくれて、ぽとんと畳の上に落ちてきたあいつを見て

お姉さんたちは、麻雀そっちのけで逃げ惑った。

「きゃーーーー」

耳をつんざくような大きな悲鳴だった。

わたしはあいつの正体が、ゲンゴロウのようにかわいい存在では無い事を知った。

そして、あいつを見る度に恐れ戦いてしまう。

フラッシュバックしてしまう。

お気に入りの白いふわふわの上質の綿のブラウスに潜り込んで

私の背中を新天地でも見つけたかのように喜々として移動していたあの瞬間を。

あううううううう。

だめーーー。鳥肌が立つ。

ごめん。君も神様の創造物なんだろうけど、だめなんだ。

拒否反応が出るんだ。

じっとしていられなくなるんだ。

わたしは、黒い置き型の即効性のある駆除剤を家のあっちこっちに設置して行った。

君の名は、


ゴキブリは、昆虫綱ゴキブリ目のうちシロアリ以外のものの総称。 なおカマキリ目と合わせて網翅目 を置き、Blattodeaをその下のゴキブリ亜目とすることがあるが、その場合、ゴキブリはゴキブリ亜目となる。 生きた化石の一つ。
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