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かあさん おなかすいた

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「かあさん、おなかすいた」

かあさんは、瞬間湯沸し機みたいに怒り始める。

「さっき、食べたでしょう」

さっきっていつだよ。

子供の俺と7歳年下の妹は顔を見合わせて黙り込む。

まるで、蛍の墓のせつこのように、

心も体もひもじい。

いまでこそ、毒親なるものがいて、

ネグレクトしたり共依存だったり、

白雪姫症候群だったり、

医学的にもかなり解明されてきている。

でも、昔は……。

人は変えられない。

変えられるのは自分と、自分を責めさいなむのだ。

単に、母親は摂食障害で拒食嘔吐という病状があるだけなのだ。

かあさんは、病気とアディクションのデパート。

我が家には、暗黙の了解がたくさんある。

かあさんは、愛着障害でべたべたと子供の俺たちに

ボディタッチをしたり、ハグしたり、キスの嵐を降らせてくる。

自分が愛したいときだけ、かまうのだ。

俺たちの必要を省みるだけのゆとりがない。

かあさんが悪いんじゃない。

かわいそうな人なのだ。

壊れているのだ。

いつのまにか、役割錯誤。

親のかあさんが子供を守るのではなくて、

アルコール依存症でけなげにも必死でやめようとあがき、

もがいているかあさんに協力し親代わりになるのだ。

なんて楽しい人生。

一日中、おままごとができるんだよ。

もう飲まないように、お酒をたんすの引き出しや押入れの奥に隠し、

落ち込んでいるとき必死に励ます。

愛されるよりも愛することを実践しているのだ。

素晴らしいね。

必要とされる人間なのだから。

こんなことを、昔はかけなかった。

考えることさえ罪だった。

だって、明らかにおかしな関係だって、ばれちゃうじゃないか。

43歳になった今でも俺は、誰かがかあさんともめると、

戦闘体制に容易にスイッチが入る。

治ったはずの共依存はむくむくと復活してくるのだ。

「かあさんを幸せにするために生まれてきた」

ずーとずーと、心から信じてきた。

「神様から預かっているのよ」

「お返ししないといけないのよ」

自分、他人、環境を思い通りにしたがることをわがままというんだって。

かあさんは、自己憐憫になることなく、

過去をありのままに受け入れようとしている。

理由付け、自己正当化の材料としてではなく、

経験という名の宝石をカットし磨いて、

価値あるものとするために。

過去が自分の記憶。

思い込みでしかないかもしれない。

自分の信じる理解できる範囲のバーチャルリアリティー。

さあ、新しいVRのゴーグルに何が映るだろうか。

誰もが、かあさんの話を聞くと

「小説みたいな人生ね」

という。

ところが、かあさんは記憶障害があるから、

そのほとんどを覚えていない。

幻覚、幻聴、アディクション、虐待、

よくもまあと思うほどの出来事に押し流されそうになりながらも、

必要な助けはいつもそばにある。

自分の勝手な思い込みでその助けに気づけないこともあるんだけど。

ないものねだりではなくて、

与えられたものに感謝ができるようになったとき、

魔法のように見えてくるんだって。

そう、人はそれを奇跡と呼ぶんだ。

「かあさん、おなかすいた」

いまもまだ、俺はかあさんにその言葉をいえない。

35年も過去の話なのに。

空腹だから食う福田

43歳はやっぱり、おやじだよな。
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