妻と愛人と家族

家族の庭

家族の庭

「今日は家族でお花屋さんに行って、自分の好きな花を買ってきて、みんなで植えよう。」

朝食のテーブルで、父の隆が突然そう言った。妻の恵美子と子供たちの翔太と彩菜は、その提案に驚いたように顔を見合わせた。隆は、いつも忙しく働いている会社員で、家事やガーデニングには全く興味がないと思われていた。

「お父さんがガーデニングですか？」翔太は半ば呆れたように、半ばからかうように呟いた。

「そうよね、ガーデニングなんてお父さんらしくないわ。」恵美子も笑いながらそう言った。彼女は専業主婦で、家の中のことはほとんど一手に引き受けていた。隆が家庭のことに口を出すことはほとんどなく、今回の提案はあまりに突拍子もないと感じていた。

しかし、隆はにっこりと笑って続けた。「いや、最近さ、家の前の庭がずっと放ったらかしで寂しいなって思ってさ。それに、みんなで何か一緒にやるのもいいかなって。どうせなら、みんなの好きな花を植えて、ちょっとした庭を作ってみようと思ったんだ。」

隆の言葉に、彩菜は目を輝かせた。「わたし、ピンクのチューリップが好き！買いに行きたい！」と、嬉しそうに声を上げた。彼女は小学生で、カラフルな花が大好きだった。

恵美子は少し考えたが、隆のやる気に押されて、「そうね、たまにはいいかもしれないわね。私もマーガレットを植えてみたいわ。」と賛成した。翔太も渋々ではあるが、「じゃあ、俺は青い花がいいな」と、控えめに希望を述べた。

その日の午後、家族は車で近所のお花屋さんに向かった。久しぶりの家族揃っての外出に、車内は自然と賑やかになった。花屋に着くと、彩菜は真っ先にピンクのチューリップを見つけ、「これがいい！」と嬉しそうに手に取った。恵美子はマーガレットの鉢を選び、翔太は目に留まったブルーデイジーを手にした。

そして、隆は一番最後に、少し戸惑いながらも黄色のガーベラを選んだ。「なんか、これが一番元気が出そうだし、俺っぽいかなって。」と言って、少し照れ臭そうに笑った。

花を選んだ後、家族はホームセンターで土と鉢も購入し、家に帰った。庭に並んだ花の苗を前に、みんなでどこに植えるか相談しながら作業を始めた。普段は黙々と仕事をする隆が、スコップを使って土を掘り返す姿は、家族にとって少し新鮮だった。

「お父さん、土掘るの意外と上手いじゃん！」翔太がからかうように言うと、隆は汗をぬぐいながら笑った。「おいおい、誰に言ってるんだ。俺だってやる時はやるんだよ。」

彩菜も小さな手でチューリップを植える手伝いをし、恵美子は水をあげながら、「こうやってみんなでやるの、なんだか楽しいわね。」とつぶやいた。普段はそれぞれが忙しく、家族で一緒に過ごす時間が少なかったため、この庭づくりは特別な時間に感じられた。

作業が終わる頃には、庭には色とりどりの花が植えられ、小さな家族の庭が完成した。花々が風に揺れ、太陽の光を受けてキラキラと輝いている様子は、どこか温かく、希望に満ちているように見えた。

「なんか、いいね。」隆は花を見ながら、ふとつぶやいた。「こうやって、みんなで何かを作り上げるのってさ、すごく気持ちいい。仕事ばっかりじゃ見えなかった景色が、こうやって家族といると見えてくるんだな。」

その言葉に、恵美子は頷きながら、「そうね。お父さんがこうやって一緒にやろうって言ってくれて、すごく嬉しかったわ。」と返した。翔太も「まあ、悪くないね。花もきれいだし、いいリフレッシュになったよ。」と、満足そうだった。彩菜は自分が植えたチューリップを見つめながら、「またお花屋さん行きたい！」と、次の楽しみを見つけたようだった。

それからというもの、家族は毎日、花の成長を楽しみにして過ごすようになった。朝になると、彩菜が「チューリップ、もっと咲いてきたよ！」と報告し、恵美子は水やりのタイミングを調整し、翔太も時折、「ちゃんと元気に育ってるな」と確認していた。

隆は仕事の帰りに、ふと庭の花を眺めるのが日課になった。どんなに疲れていても、家族で作った庭を見ると、心が少し軽くなるのを感じた。

ある日、隆は家族全員を庭に集めてこう言った。「今日もみんな、ありがとうな。仕事や学校で忙しいけど、こうやって一緒に過ごす時間が俺にとっては一番大切なんだ。これからもこうやって、みんなで何かを作っていけたらいいな。」

家族はその言葉に微笑み合い、それぞれが手を取り合って庭を眺めた。小さな庭に咲く花たちは、家族の絆を象徴するように元気よく咲き誇っていた。家族という共同体が、一緒に過ごす時間と小さな挑戦を通じて、少しずつ強く、温かくなっていくのを感じていた。

隆の提案で始まったこの庭づくりは、家族にとってただのガーデニングではなく、心の中に新しい絆を芽生えさせる大切な時間となった。今では家族全員が、その庭を通して、自分たちの関係が少しずつ変わっていくのを感じていた。

「お花さんたち、きれいだね。」彩菜の声が風に乗って庭に響き、その一言が家族全員の心に温かな光を灯した。