妻と愛人と家族

お盆だよ、幽霊帰ってきた

お盆だよ、幽霊帰ってきた

今年もお盆がやってきた。夏の盛りに、太陽がじりじりと照りつけ、セミの声が耳をつんざく中、村全体がそわそわとしていた。この季節、村では古くからの言い伝えがある。それは「お盆になると、亡くなった者たちがこの世に帰ってくる」というものだ。

私は小さい頃から、この話を祖母から聞かされて育った。彼女は、毎年お盆になると、決まって家の中を掃除し、仏壇を美しく飾り付け、提灯を灯す。それは、亡くなった家族が迷わず帰ってこれるようにという心遣いであった。

「幽霊って、本当に帰ってくるの？」幼い頃の私は、半ば怖がりながらも、半ば興味津々で尋ねたことがあった。

祖母は、にこりと微笑んで答えた。「そうよ。幽霊っていうと怖いものだと思うかもしれないけど、帰ってくるのは私たちの大切な家族なのよ。だから、恐れることはないわ。」

その言葉に、私は少し安心したものの、夜になるとやはり不安になって布団の中で目を閉じ、幽霊の姿を想像してしまった。暗闇の中で、ふと風がカーテンを揺らすと、ドキッとすることもあった。

そして、今年もまたお盆が訪れた。私は大人になり、都会に出て仕事をしていたが、この時期だけは必ず村に戻ることにしている。祖母が言っていたように、お盆は亡くなった家族が帰ってくる時期だという思いが、私の中にも根付いているからだ。

久しぶりに帰った実家は、少し古びてはいたが、相変わらず温かい雰囲気に包まれていた。母が台所で夕食の準備をし、父は縁側で新聞を読んでいる。祖母の姿はもうないが、その存在はどこかで感じられる気がした。

夜になり、私たちは家族で仏壇の前に集まり、供養のためのお線香を立てた。部屋中に漂う線香の香りが、どこか懐かしく、心が落ち着く。母が用意したごちそうを仏壇に供え、静かに手を合わせる。

その夜、私は久しぶりに祖母の部屋で寝ることにした。幼い頃、祖母と一緒に寝ていた懐かしい部屋だ。窓からは涼しい風が入ってきて、カーテンがかすかに揺れる。外では、まだセミの声が響いていた。

布団に横になり、天井を見つめていると、ふと幼い頃の記憶が蘇ってきた。「幽霊って、本当に帰ってくるの？」と尋ねたあの日のことだ。あの時の祖母の微笑みが、今でも鮮明に思い出される。

そして、目を閉じると、誰かがそっと私の隣に座る気配を感じた。驚いて目を開けると、そこには祖母が座っていた。祖母は、昔と変わらぬ穏やかな表情で、私を見つめていた。

「おかえり、ばあちゃん」と、私は静かに言った。

祖母は微笑みながら、何も言わずにただ頷いた。その姿は、まるで昔のままのようで、少しも恐怖を感じさせなかった。むしろ、私は懐かしさと安心感に包まれていた。

「都会で頑張っているんだね」と、祖母の声が聞こえた気がした。私が驚いてもう一度目を開けると、祖母の姿はもう消えていた。しかし、部屋には、どこか祖母の温もりが残っているように感じられた。

翌朝、私は少しぼんやりしながら起き上がった。昨夜のことが夢だったのか現実だったのか、はっきりしない。しかし、祖母が本当に帰ってきてくれたのだと信じたかった。

その後、家族に昨夜の出来事を話すと、母は優しく微笑んで、「きっとおばあちゃんが、あなたに会いにきたのね」と言った。父も、「お盆はそういうものだよ。亡くなった人たちが、私たちを見守ってくれているんだ」と頷いた。

お盆の終わり、私たちはまた仏壇の前に集まり、祖母をはじめとする亡くなった家族に手を合わせた。私は心の中で、「また来年、会いましょう」と静かに祈った。

都会に戻る途中、私はふと祖母の言葉を思い出した。「幽霊っていうと怖いものだと思うかもしれないけど、帰ってくるのは私たちの大切な家族なのよ。」その言葉の意味が、今ようやく深く理解できた気がする。

お盆は、亡くなった人たちが帰ってくる時期。彼らは決して恐ろしい存在ではなく、私たちを見守り、励ましてくれる存在なのだ。そう思うと、私は少しだけ涙がこぼれた。しかし、その涙は、悲しみではなく、温かい思い出に包まれた感謝の涙だった。

そして、また来年のお盆に、祖母と再会できることを楽しみにしながら、私は都会へと帰るのだった。