お金持ちごっこ

一歩ずつ

「一歩ずつ」

「もうすぐ、月末の支払い日だね…」
台所で洗い物をしていた美穂（みほ）は、ため息をついた。旦那の浩二（こうじ）はリビングでテレビを見ながら、少しだけ反応を示した。

「うん…俺、今月の給料、ちょっと少ないかも。ボーナスも出なかったし」
「わかってる。私もアルバイトでなんとか補ってるけど…足りないよね」

美穂と浩二は共働きだが、どちらも正社員ではなく、生活は決して豊かとは言えなかった。美穂はパートタイムで働き、浩二はアルバイトの仕事をしている。二人の合計年収は300万円以下。世間で言うところの「ウィークカップル」だった。

「本当に、どうにかしないと、この先不安だよね」
「うん。でも、どうしたらいいのか分からないよな…」

浩二が画面に映るニュースをぼんやりと見つめながら言った。二人とも、長い間この状況に慣れてしまい、いつの間にか日常の中で不安を抱え続けていた。生活のために、働くことは当たり前になり、余暇の時間もほとんどなかった。

「ねぇ、美穂、今度の日曜日、ちょっと出かけない？」
次の週末、浩二が少し意外な提案をしてきた。美穂は驚いたが、嬉しさも感じた。

「出かけるって、どこに？」
「ちょっと遠くの公園とか、近くでもいいし…でも、どこか二人でゆっくり過ごしたいんだ。お金はかからないようにするし、久しぶりにリフレッシュできたらいいなって」

美穂は考え込んだ。お金が厳しい中で外出することは、今は少し不安だったが、浩二の気持ちに応えたくて、しばらく悩んでから答えた。

「じゃあ、行こうか。少しでも、二人で笑える時間が欲しいもんね」

二人は久しぶりに、心から楽しめる時間を求めるようになった。金銭的な余裕はなくても、精神的なリフレッシュはお金では買えないものだと、次第に気づいていった。

日曜日、二人は近くの公園へ足を運んだ。外の空気は新鮮で、青空が広がっていた。美穂は浩二と一緒にゆっくりと散歩をしながら、今までの生活のことを振り返った。

「私たち、ウィークカップルかもしれないけど…一緒にいればそれが一番だよね」
「うん、そうだね。お金がないときもあるけど、でも一緒にいることで心が温かくなるんだ」

浩二の言葉に美穂は微笑んだ。確かに、お金が全てではない。しかし、二人はいつも支え合い、共に歩んできた。どんな状況でも、二人でいることで乗り越えられると感じていた。

公園のベンチに座り、浩二がポケットから手作りのサンドイッチを取り出した。

「これ、今朝作ったんだ」
「え、すごい！浩二が作ったの？」
「うん、ちょっとだけど…お金はないけど、心は込めたから」

美穂はそのサンドイッチを一口食べ、温かい気持ちが広がっていった。

「やっぱり、二人でいることが一番だよね」
帰り道、美穂は言った。

「うん。お金は足りないけど、君と一緒にいるから、毎日が大切なんだと思う」

浩二の言葉に美穂は心から感謝した。お金がすべてではない。二人で過ごす時間が、何より大切だと改めて感じた日だった。

「次は、もっと遠くへ行こうね。でも、何もお金をかけなくても、十分楽しいから」
「うん、そうだね」

二人は手を繋ぎながら、ゆっくりと家路を辿った。生活の中で見落としていた小さな幸せを、再び見つけた瞬間だった。