縁(えにし)

春秋花壇

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12歳 桃の香りに包まれて

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桃の香りに包まれて

夏休みのある日、12歳の美咲は、祖母の住む田舎へ向かう電車の中にいた。都会の喧騒から離れたこの場所で過ごす夏は、美咲にとって特別な時間だった。特に、祖母の家の裏に広がる桃畑が彼女のお気に入りだった。

祖母の家に着くと、温かな笑顔で迎えられた。美咲は大きなリュックを降ろし、早速裏庭へと駆け出した。そこには、祖母が大切に育てている桃の木々がずらりと並んでいた。青々と茂る葉の間から、ほんのりと赤みを帯びた桃が美咲を出迎えるように顔を出していた。

「今年もいい出来だね、ばあちゃん!」美咲は笑顔で叫んだ。

祖母はにこりと微笑み、そっと美咲の肩に手を置いた。「そうだね、美咲が来るのを楽しみにしていたんだよ。この桃たちもね。」

美咲は幼い頃から祖母の家に通い、毎年夏になると桃の収穫を手伝っていた。桃の香りに包まれながら、祖母と一緒に過ごす時間は、彼女にとって何よりの楽しみだった。

その年の夏も例外ではなかった。美咲は早朝から祖母と一緒に桃畑に出て、熟した桃を一つ一つ手に取り、丁寧に収穫していった。日差しは強かったが、風が心地よく、桃の甘い香りが風に乗って美咲の鼻をくすぐった。

「おいしい桃を収穫するには、愛情が必要なんだよ。」祖母は、収穫の合間にふとつぶやいた。「ただ育てるだけじゃなくてね、話しかけてあげたり、よく見てあげたりすることが大事なんだ。」

美咲はその言葉を聞いて、祖母の顔を見上げた。「話しかけるの?」

祖母はうなずき、優しく桃の実を撫でた。「そうさ、桃もね、ちゃんと人の気持ちが分かるんだよ。だから、心を込めて育ててあげると、こんなに甘くておいしい実をつけてくれるんだ。」

美咲は祖母の真似をして、手に持った桃をそっと撫でた。そして、心の中で「おいしくなってね」と願いを込めた。

収穫を終えた後、祖母は特別な桃を選んで美咲に手渡した。「さあ、この一番おいしそうな桃を食べてみなさい。」

美咲はその桃を手に取り、じっと見つめた。手の中に感じる柔らかな感触、鼻をくすぐる甘い香り。彼女はゆっくりとその皮を剥き、一口かじった。

瞬間、口いっぱいに広がる甘さと、ジューシーな果汁が美咲の舌を満たした。「おいしい!」思わず口からこぼれたその言葉に、祖母は満足そうに笑った。

「やっぱり、今年もいい出来だったね。」祖母の声に美咲は頷きながら、さらに桃をかじった。

その日、美咲は収穫した桃の一部を祖母と一緒にジャムにすることにした。キッチンに広がる桃の香りは、まるで桃畑にいるかのようだった。祖母は美咲にジャムの作り方を教えながら、「これは特別なジャムになるんだよ」と言った。

「どうして?」と美咲が尋ねると、祖母は少し遠い目をして語り始めた。

「私が子供の頃、君のおじいちゃんと結婚して間もない頃にね、初めて一緒に桃のジャムを作ったんだ。その時、おじいちゃんが言ったんだよ。『おいしい』って言ってくれる人がいる限り、私たちの桃は生き続けるんだって。」

美咲はその言葉を聞いて、祖母がジャムを作るたびに感じてきたであろう思いを想像した。家族のために、愛する人のために、心を込めて作ったそのジャムは、祖母にとっても大切な思い出だったのだ。

ジャムが完成し、瓶に詰められると、美咲は少しだけ味見をした。「本当においしいね!」彼女は嬉しそうに言った。

「そのジャムを、君の友達にも分けてあげなさい。おいしい桃の香りを、みんなに届けてあげるんだよ。」祖母は優しく言った。

夏休みが終わりに近づく頃、美咲は都会の家に戻る準備を始めた。彼女は祖母の手作りジャムを大切にリュックに詰め、駅へと向かった。別れ際、祖母は美咲の手を握り、「また来年もおいしい桃を一緒に収穫しようね」と言った。

電車の窓から見える田舎の風景が少しずつ遠ざかる中、美咲はジャムの瓶を取り出し、そっと鼻に近づけた。甘い桃の香りが漂い、彼女の心に夏の思い出が蘇った。

その夜、美咲は都会の家で家族と夕食を共にし、デザートに祖母の作ったジャムを出した。家族みんながジャムを口にした瞬間、美咲は祖母の言葉を思い出した。

「おいしいって言ってくれる人がいる限り、桃は生き続けるんだ。」

その言葉が、今も彼女の心に響いていた。美咲は満足げに笑顔を浮かべた。祖母が込めた愛情とともに、その香りはずっと残り続けるだろう。桃の香りに包まれて、彼女はこれからも「おいしい」と感じる喜びを忘れないだろうと、心の中で誓った。







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