お金がない

騙されない心

「騙されない心」

小林雅史は、投資詐欺の被害に遭わないようにと常に気を付けているタイプの男だった。友人たちが怪しげな投資話に乗って大損をしているのを何度も見てきたからだ。だが、ある日、そんな慎重な彼のもとにも、つい心を揺さぶられるような魅力的な投資話が持ち込まれた。

「今がチャンスなんだよ、小林さん。少しの元手で大きなリターンが期待できる。海外の企業と提携した独自のビジネスモデルなんだ。初期投資だけでも3倍になるって保証してるんだぜ。」

紹介者は、彼の学生時代の友人、田中だ。田中はこれまで堅実に生きてきた人間で、彼の言葉には信頼性があった。それに、彼が熱心に語る話には説得力があり、現実離れしたこともなさそうだった。雅史は一瞬、心が揺れた。

「初期投資だけで3倍か…そんなおいしい話、あるのかな…？」

しかし、その一瞬の迷いは、雅史の慎重さによってすぐに打ち消された。彼は、これまで詐欺の話を何度も耳にしてきたため、まずは冷静に情報を集めようと決意した。

「田中、ちょっと待ってくれ。これって本当に安全なのか？今までの実績や、具体的な内容を詳しく確認させてくれ。」

雅史の問いに、田中は笑顔で答えた。

「もちろんだよ。資料もあるし、実際に成功している投資家たちの話も聞ける。今度セミナーがあるから、そこでしっかり確認できるよ。」

セミナーか…。雅史は少し引っかかりを感じた。よく聞く投資詐欺の手口に、「セミナーで集団心理を利用する」というものがある。参加者を煽り、皆が参加することで、安心感を与えるのだ。しかし、田中の言葉が信じられないわけではない。だからこそ、雅史は一歩引いて、まず自分でリサーチを始めた。

インターネットで「投資詐欺」や「セミナー投資」といったキーワードを検索すると、たくさんの事例がヒットした。特に、最近はSNSやセミナーを利用した詐欺が横行しているということがわかった。成功話や豪華な会場でのセミナーを利用し、いかにも「今しかない」と思わせる手法が使われているという。

「これだ…。田中が紹介してきた話とほとんど同じじゃないか。」

雅史は、自分が冷静にリサーチを行ったことで、危うく騙されかけていたことに気づいた。セミナーに行く前に、田中に再度連絡を取り、もう少し詳しい話を聞こうと思った。

「田中、今ちょっと調べてみたんだけど、これって詐欺の手口と似てないか？セミナーって、みんなを煽るために使われることが多いって書かれてるんだ。成功してる人の話って、本当に実在するのか？」

その質問に対して、田中は少し戸惑った様子を見せた。

「いや、そんなことないよ。俺だってちゃんと調べて紹介してるんだ。ただ、確かにリスクはゼロじゃないけど、チャンスだと思うんだ。騙されたわけじゃないし、俺も利益出してるからさ…」

田中の声には微妙な自信のなさが漂っていた。それを感じ取った雅史は、確信を持った。田中自身もまた、騙されている可能性がある。悪意はなくとも、詐欺の被害者が他の人を勧誘してしまうのは、こうしたパターンだ。

「分かった。とりあえず、俺はもう少し様子を見させてくれ。すぐに決断するのは危険だと思うんだ。」

雅史はそれ以上、田中を問い詰めることなく、電話を切った。そして、すぐに警察相談専用電話「#9110」に電話をかけた。状況を説明し、詐欺の可能性があるかどうか確認したかったのだ。対応した警察官は丁寧に話を聞き、雅史が感じた違和感が重要だと指摘した。

「今の段階でお話しいただいた限りでは、典型的な投資詐欺の可能性が高いです。もし不安であれば、今後のやり取りは控え、さらに詳しい情報が手に入った場合、すぐに相談してください。また、周囲にも同様の話が広がっている場合がありますので、注意喚起をしていただけると助かります。」

雅史は警察の言葉に安心しつつも、改めて身の引き締まる思いがした。自分が冷静さを失っていたら、田中に誘われ、詐欺の罠にかかっていたかもしれない。そして、田中もまたその罠の中にいる可能性が高い。

雅史はその夜、再び田中に連絡を取ることを決心した。彼を非難するのではなく、事実を知らせ、彼自身も被害者であることを伝えたかった。

「田中、お前も騙されてる可能性があるんだ。俺たち、気をつけよう。これ以上、被害を広げないために、一緒に対策を考えよう。」

田中は最初こそ驚いたものの、次第に雅史の言葉に耳を傾け、最終的には自分の立場を冷静に見つめ直すことができた。

「そうだな、俺も確かに焦ってたかもしれない。ありがとう、雅史。お前に相談してよかったよ。」

こうして、雅史は自分と田中、さらには周囲の人々を詐欺から守ることができた。詐欺を未然に防ぐには、まず冷静さと情報収集が何よりも大切だ。成果や見返りを期待する心が、時に人を危険な誘惑に導いてしまう。

「騙されない心を持つこと、それが一番の防御だ。」

雅史はそう自分に言い聞かせ、これからも慎重に生きていこうと決心したのだった。