「俺は小説家になる」と申しております

冬の教え

冬の教え

冬の朝、冷たい風が頬を刺す。人々は厚いコートにマフラー、手袋を重ね、寒さをしのぎながら急ぎ足で歩いている。その中で一人、ケイラは立ち止まり、公園の大きな落葉樹を見上げていた。

葉をすべて落とした木々は、まるで裸になったように寒々しく見える。しかし、ケイラの目にはその姿が力強く映った。

「寒さに耐えているんじゃなくて、次の春の準備をしているんだな……」

そう呟くと、ケイラの隣に座っていた老人が微笑みながら答えた。
「いいところに気づいたね。冬は植物にとって休む時期なんだよ。葉を落とすことで軽くなり、エネルギーを節約する。そして春になったら、新しい芽を出す準備をしているんだ」

老人の名はレオン、近所の公園に毎日訪れては木々や草花の世話をする人物だった。ケイラは以前からこの老人に興味を抱いていた。彼の静かな生き方には、どこか安心感があった。

「人間はどうして冬になると重たくなるんでしょうね？」ケイラが冗談交じりに聞くと、レオンは真剣な顔で考え込んだ。
「確かにね。寒いとつい防寒具を重ねて動きづらくなる。だけど、それだけじゃなくて、心も重たくなるように感じるね。なんでだと思う？」

ケイラは答えられなかった。代わりに視線を木々へ戻す。裸になった木々は、確かに軽やかに見えた。対して自分はどうだろう。仕事での失敗や将来への不安、周囲の期待に応えられない焦り。心の中は重く、苦しい。

「木々はね、葉を落とすことで余計なものを手放しているんだよ」とレオンが続けた。「君が心に抱えているものも、必要ないものかもしれない。重たい荷物を下ろしてみたらどうだい？」

その夜、ケイラは自分の部屋で考え込んでいた。荷物を下ろすとはどういうことだろう？職場の書類の山を見つめながら、ふと思いついた。

「明日は少しだけ荷物を軽くしてみよう」

翌朝、彼女は通勤バッグの中身を整理した。普段は「念のため」にと持ち歩いていた重たい書類や不要なものを抜き、最小限にした。それだけで体が軽くなったように感じた。

職場に着くと、ケイラはさらにもう一つの挑戦をしてみた。上司から求められることに対し、いつもなら無理してでも答えようとしていたが、その日は「できる範囲で対応します」と正直に答えたのだ。

意外なことに、上司は笑顔で「それでいいよ」と応じてくれた。これまで自分が勝手に背負い込んでいた「期待」という荷物が、実は不要だったのだと気づいた瞬間だった。

公園では再びレオンが木々に水をやっていた。ケイラはその姿を見つけると、小走りで近づいた。
「レオンさん、私、少し軽くなりました」

その報告に、老人はまた優しい笑みを浮かべた。
「よかった。それでどう感じた？」
「まだ不安はありますけど、ちょっとだけ楽です。それに、必要じゃないものを手放すのがこんなに気持ちいいなんて思いませんでした」

レオンはうなずき、そっと木の幹に手を触れた。
「この木たちも最初は戸惑ったかもしれないよ。葉を落とすと、守られていた感覚がなくなるからね。でも、その軽さが次の芽吹きを生むんだ」

ケイラはその言葉を反芻した。軽さが次の芽吹きを生む。

冬が深まり、気温がさらに下がる日々が続いたが、ケイラは自分のペースで少しずつ荷物を下ろしていった。不必要なストレスを溜め込まず、できないことは素直に認める。疲れたときは無理をせず休む。そして何より、自分を責めることをやめた。

ある日、公園のベンチに座っていると、レオンが隣に腰を下ろした。
「だいぶ軽くなったようだね」と彼が言った。
「ええ。まだ完璧じゃないですけど、前よりずっと気楽です」

レオンは空を見上げた。そこには、冬の晴れ間に広がる青い空があった。
「ケイラ、春が来たら君はどんな芽を出すんだろうね？」
「そうですね……まだ分かりませんけど、きっと何か新しいものが芽吹く気がします」

老人は満足げにうなずいた。そしてそっとケイラに語りかけた。
「冬はね、終わりじゃなくて始まりなんだよ。君も植物たちのように、軽くなって、次の芽吹きを待つ準備をすればいい」

その言葉に、ケイラは静かにうなずいた。冷たい風が頬を撫でたが、不思議と心は暖かかった。

終わり