上 下
1,638 / 1,736

私が私であるために

しおりを挟む
『私が私であるために』

ミナは、職場のランチルームでぼんやりと窓の外を眺めていた。都会の喧騒がガラス越しに響いてくるが、どこか遠い世界のことのように感じられる。

「苦手な人に好かれなくていいんじゃない?」

その言葉が頭をよぎる。友人のアユミが言ってくれた言葉だ。数日前、ミナは飲み会での同僚たちの態度について愚痴をこぼしていた。特に、何かにつけて上から目線で話しかけてくる上司の佐藤に辟易していたのだ。

「でも、上司だし、波風立てないようにしないと……」

アユミはそんなミナに少し呆れたように言った。
「波風立てないのはいいけど、自分の気持ちを殺してまで好かれようとする必要はないでしょ。佐藤さんが勝手に見下してくるなら、それに振り回されるのも時間の無駄じゃん。」

その言葉を胸に、ミナは少しずつ自分の態度を変えていくことにした。ある日、佐藤がまた偉そうな態度で話しかけてきたとき、ミナは笑顔で返事をしつつも、無駄な気遣いをやめた。
「はい、その件については資料にまとめておきますので、後ほどご確認ください。」

佐藤は少し驚いたようだったが、何も言わずに立ち去った。

それからというもの、ミナは仕事でもプライベートでも、自分を大事にすることを心がけた。たとえば、無理に誘いに乗らず、自分が本当に行きたいと思ったときだけ参加する。何か嫌な感じがする人や場所は、思い切って避ける。それだけで、少しずつ心が軽くなっていった。

そんなある日、同僚のカオリが声をかけてきた。
「最近、ミナって変わったよね。なんか、自分の意見をしっかり持ってるって感じ。」

「そうかな?」

「うん。前はちょっと遠慮しすぎてる感じがあったけど、今のほうが生き生きしてるよ。たぶん、ミナが自分らしく振る舞うようになったからだと思う。」

その言葉を聞いて、ミナは初めて気づいた。自分を押し殺して周囲に合わせることが、どれほど自分を疲弊させていたかを。

さらに、ミナが意識的に付き合う人を選ぶようになったことで、周囲の人間関係も変わっていった。以前はなんとなく付き合い続けていた人たちも、自然と疎遠になった。その代わり、一緒にいると楽しいと思える人たちとの時間が増えた。

アユミとは仕事帰りにカフェでよく話すようになり、カオリとは休日に趣味のランニングを楽しむことが日課になった。彼女たちとの時間は心地よく、何より、自分が自分のままでいられる。

「無理に好かれなくてもいいんだよね。」

ミナはランニングコースの途中で立ち止まり、夕日に照らされる街を見ながら呟いた。アユミが横で笑いながら言った。
「そうそう。だって、人生はミナのものなんだからさ。」

その夜、ミナは日記にこう書いた。
「私は私でいい。苦手な人に好かれる必要はないし、敬意がない人に誠意を見せる必要もない。自分が幸せだと思える方向に進む。それだけで、きっと毎日がもっと楽しくなる。」

そして、ペンを置いたとき、ミナは確かに何かが変わった自分を感じていた。それは、誰かに振り回される自分ではなく、自分の人生を自分で歩んでいるという確かな実感だった。







しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

季節の織り糸

春秋花壇
現代文学
季節の織り糸 季節の織り糸 さわさわ、風が草原を撫で ぽつぽつ、雨が地を染める ひらひら、木の葉が舞い落ちて ざわざわ、森が秋を囁く ぱちぱち、焚火が燃える音 とくとく、湯が温かさを誘う さらさら、川が冬の息吹を運び きらきら、星が夜空に瞬く ふわふわ、春の息吹が包み込み ぴちぴち、草の芽が顔を出す ぽかぽか、陽が心を溶かし ゆらゆら、花が夢を揺らす はらはら、夏の夜の蝉の声 ちりちり、砂浜が光を浴び さらさら、波が優しく寄せて とんとん、足音が新たな一歩を刻む 季節の織り糸は、ささやかに、 そして確かに、わたしを包み込む

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

陽だまりの家

春秋花壇
現代文学
幸せな母子家庭、女ばかりの日常

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...