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図書館の中で、そこは目立たない片隅だった。ひんやりとした空気に包まれた静寂の中、本棚の影が伸び、唯一の明かりは窓から射す薄い日差し。棚にはまだ新しい、小さな札が掛かっている。

「新人作家特集」

その中に、僕の本があった。装丁は地味で、タイトルも凝りすぎているかもしれない。でも確かに、僕の名前がそこに印刷されている。その文字を見つけるたびに胸が高鳴るのを、僕は隠せない。

「夢みたいだな……」

傍らには、ノートパソコンとアイスコーヒー。図書館のカフェで注文したものだが、半分も減っていない。口に運ぶたび、「冷たい」と思うだけで、味なんて気にしていなかった。

こんな日が来るとは、数年前の僕には想像もつかなかった。

「俺は小説家になる」

そう宣言したのは、大学のサークル飲み会でのことだった。誰もが笑った。

「お前、書いたことあんのかよ?」

その一言が、火をつけたのだ。

それからの数年間、僕は昼は仕事、夜は執筆の日々を過ごした。手探りで始めた執筆は、最初こそ楽しかったが、次第に苦しみに変わっていった。

どんなテーマを書いても、自分の文章が薄っぺらく思えてならなかった。「誰がこんなものを読むんだ?」と、自分に問いかけるたび、キーボードを叩く手は止まった。それでも、あの時の笑い声が耳に蘇るたび、僕はペンを手に取った。

「俺が諦めたら、笑った奴らの言う通りになる」

本が出版されるとき、僕は涙が出るかと思ったが、意外にも冷静だった。ただ、校了のメールを確認してから、本屋の棚に並ぶまで、何度も何度も夢を見た。そして、その夢が現実になった今日。

カフェの窓の向こうから、小さな女の子が図書館に駆け込むのが見えた。背負ったリュックには、マスコットが揺れている。

「ねえ、お母さん、この本読んでみたい!」

小さな手が、僕の本を引っ張り出す。その光景を見て、僕はほっと息をついた。

「誰かの手に取られるだけで、こんなに嬉しいんだな……」

やがて彼女が母親と一緒にカフェの席に座る。表紙を開き、目を輝かせながら文字を追う姿を見たとき、僕は思った。

「俺は、これからも書き続けるんだ」

アイスコーヒーを飲み干し、僕は席を立つ。背後に置いていったのは、一枚のメモ。

「読んでくれてありがとう。また会おう。」

図書館の片隅に、小さな夢が確かに根付いていた。







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